読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

先週、国立駅で

事故があった時、私の乗っていた電車はその一つ後ので国分寺駅の手前を走っていた。

緊急停車の後に走り出したものの、20分くらいかかって国立駅の一つ前の西国分寺まで来て、その後の再開にはまだ30分くらいはかかるというので、そこから乗り換えて2つの路線を回って立川駅まで帰った。余裕を持って乗っていたが、それでもデイサービスの迎えの時間には間に合わなかった。丁度娘が家にいる時間だったので、前もってもし間に合わなかったらと伝えてあったので娘に代わってもらった。

それから1週間、昨日は買い物で国立まで行き、帰りの電車をホームで待っていた。

駅のホームの前の方に今は駅員さんではなく、警備員の人が見回りをしている。

電車の近くアナウンスが流れた。この間の事故の時のような中央特快の通過だった。私が立っているのも黄色い線の内側だが、同じくらいの位置に数人は立っていた。線のギリギリを歩いている人がいたようで警備員の人が笛を吹いて注意を促した。その後警備員の人はそちらの方向へ歩いていく。ホームは結構長いのでどんどん歩いていくと姿は人に紛れてしまった。もうこちらでホームの端っこに立ったとしても走って戻ってくるには見えないし、間に合わない。

中央特快は少しはスピードを緩めているのかもしれないが、徐行ではなく風を切ってホームを通過する。黄色い線の内側でも怖いものはある。運転手さんも一瞬で確認できなかったが、こういう状況を毎回経験しているのはどんな気持ちなのだろうか。

このホームに立っている人の誰かが不意に飛び降りたら、もう絶対避けることはできないのだから、それでも行くしかないのだとしたら、来るか、来ないかと常に考えながら運転しているのだろうか。

ツイッターで見たら国立駅での事故は1年ぶりのようだったが、中央線での人身事故は本当に多い。

一度でも事故を経験してしまった運転手さんがその後運転を続けられるのかどうかもそのストレスを考えると心配になる。2度と経験しないとは限らない、実際に電車の遅延情報からどれだけの事故が起こっていることだろう。

駅のホームを眺めていて、1週間前と昨日と時間が違うだけで同じ場所にいることを考える。いつでも事故は起こりうるけれど、何の変化もないままの駅。

駅高架の下に次々と新しい店が入り、賑わっている。でも通り過ぎて行く人には孤独を感じるだけのものなのかもしれない。

 

別の日に新宿駅でやはり電車を待っていたら、アナウンスで閉まるドアに挟まれたら、(エレベーターのように)自動では開きません、というようなことを言っていた。

つまり挟まれたらそのまま発車します、だから駆け込まないように、という意味のようだった。新宿駅を利用する人の数から言えばいちいち挟まった人を開けていたらどんどん電車が遅れてしまう、ということだろうか。実際に駆け込み乗車は絶えないし、ちょっと前にも自分だけ駆け込んで後ろの連れの人が挟まった挙句荷物だけ入って人は入れず、電車の扉も2度と開かずに発車した。似たような光景を2度見たことがある。

車掌さんは駆け込んだ人の荷物だけが取り残されたりしているのが見えていないわけではないだろうが、そこで開けるとまた別の人が駆け込んでより遅れるのが日常なのでもう2度と開けないと決めているのだろうか。後から荷物を回収したりするのも大変だと思うが駆け込む人がいなくなるまで電車の扉は2度とは開かないとPRすることにしたようだ。

自動では開かないけど、人が開けてくれるんだよね、そう車掌さんに心の中でつぶやく。届くことはないが。

 

Related Posts Plugin for WordPress, Blogger... }