アマゾンからの不審物

ポストに手紙と一緒に小型の荷物が2つ夫あてに入っていた。宛名以外は送り主の名前や内容の記載は一切なかった。本人はもちろん家族も何か頼んだ人はいなかったのだが、一つ開けてみたら、コンセントキャップだった。前にテレビで朝顔のタネが頼んでいないのに送られてくるというのをやっていたのをみたことがあるが、そういう感じのものなのだろうか。もう一つも開けてしまったのだが、衣類の雑貨だった。夫はアマゾンのアカウントも持っていないし、他のネットの商品なども買っていないので、どういうことなのか怖くなってもう夜遅かったがアマゾンのカスタマーセンターにネットから連絡するとすぐに折り返しの電話がかかってきた。宛名の下のバーコードの下の番号を言うと、調べてくれて、誰かがお金を払ってアマゾンの倉庫から出荷されたので大丈夫です、と言う。

いや、大丈夫じゃなくて、それは誰ですかと聞くと、注文した人は暗号化されているのでアマゾンでもわからないということだった。そしてその人に商品を送った理由を届け先に連絡するようにメールしておきます、と言うので、それはやめて欲しい、品物の受け取りを拒否したいので返送していと話したら、すぐ対応してくれて、翌日郵便局の人が品物を取りに来た。着払いでアマゾンに返送となった。

商品のお金は払ってあるので、詐欺ではないというが、アマゾンのシステムでは誰が送り主なのか、商品は何か表示もないまま勝手にポストに入れられてしまうと言うのは怖いことだと思う。電話なら着信拒否できるが、勝手に入れられたら拒否することもできないのだから。

青森建築をめぐる旅 2

前回の続き。

宮越家見学の後はバスで移動し太宰治記念館へ向かった。

「斜陽館」

太宰の父が明治40年に建てた近代和風建築で、広大な敷地に蔵や庭園など合わせて約680坪の豪邸。

戦後津島家が手放し、「斜陽館」という旅館になり、平成8年に市が買取り修復後に記念館となった。

2階には洋間もあり、家具などは当時の実物で太宰が寝そべっていたというソファーも置いてある。

庭園

ここまでで1日目が終了。その日は弘前の駅前にて宿泊。

翌日になるとホテルの目の前の岩木山は雲に隠れホテルの朝ごはんのビュフェは最上階で全方位の景色が見られるのだが、あちこち雷も鳴っていた。

それでも今日見学するところはみんな近いところで最初はバスで移動し、その後は歩いて建物をガイドさんの話を聞きながら見学した。

最初は藤田記念庭園

藤田さんは弘前生まれの明治時代の実業家で大正10年に別邸を構える際に東京から庭師を招いて作らせた庭園

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洋館は喫茶室にもなっているが、まだオープン前だった。でも中の見学は可能だった。
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洋館の中のステンドグラス

パンフレットには作者などに触れていないので、不明のようだが、大正10年というと、昨日の宮越邸が大正9年で近いと言えば近いが関係あるだろうか。
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樹齢180年の枝垂れ桜
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高台部と低地部の間の崖に滝
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最初のうちは雨が降っていなかったが途中から降り始めてしまう。
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地図でみると弘前公園のすぐ横になっている。

次に少しバスで移動してカトリック弘前教会へ。
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教会の中のステンドグラス
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教会のホームページから

祭壇は、慶応2年(1866年)に造られ、オランダのアムステルダムにある聖トマス教会から特別に譲り受けたもので、ゴシック様式である。昭和14年(1939年)に設置された。神の救いの歴史を表現したステンドグラスが美しい彩を添えている。

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その後また弘前公園へバスで戻り、やはり横にある弘前市民会館管理棟へ。

こちらは前川國男建築とのことで、弘前には8つの建築があるとのこと。

中2階に喫茶室がある。横のステンドグラスは最近(12年前)市民会館50周年の記念につけられたもの

弘前公園を歩いているのに残念ながら弘前城は見えず。お堀に沿って歩き、次は青森銀行記念館。

明治期に洋風建築の技術を函館で学び数多くの洋風建築を残している、堀江佐吉が施工設計した和洋折衷の建物。

旧弘前市立図書館

こちらも堀江佐吉の設計施工による。

まだ雨が降ったり止んだりで傘をさし靴を脱いでの見学で、だんだん写真が少なくなり、次の旧東奥義塾外人教師館は外観の写真が見つからず・・

部屋の中だけ。

こちらの1階がカフェになっていて、団体さんの貸切でランチを頂いた。(こちらも写真なし)

もうたくさんの見学でお腹も頭の中も一杯になっていたが、まだ最後にバスで盛美園へ。

こちらもお庭と建物をガイドさんが説明しながらの見学。ここでお天気が回復!

建物は明治42年 建築家:西谷市助 和洋折衷の建物で1階が和風、2階が洋風づくり

普段は非公開の2階も

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とことん細部も作り込むところはなんとなくガウディを想像してしまう。

庭園の作庭者は小幡亭樹 明治35年より9年の歳月を費やして作られた。



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帰りの新幹線からの車窓


旧宮越家離れと庭園

えっとまず何と書こうかとタイトルを見るとSEOヒントって青い字でまずタイトルを入れようとあるから入れてみると今度は”何について書かれた記事か伝わるよう、タイトルをもう少し具体的にしてみましょう”っていちいち丁寧にヒントくれるようになったんですね!(変えてみた)うーん、さらに記事のテーマとなるキーワードも入れろって言ってる・・・(アシスト消した)

6月はもう一つツアーに参加してきた。

現在春と秋に限定公開されている宮越家の離れと庭園の見学と青森の建築と庭園を巡る旅だった。

青森県中泊町にある宮越家の離れ(詩夢庵)は大正9年に宮越家の9代当主正治がイハ夫人の33歳の誕生祝いと厄除けを兼ねて建立したと伝えられる。そして窓の三ヶ所には大正から昭和初めに活躍したステンドグラス作家の小川三知の作品が入っている。庭園(静川園)は国指定名勝に指定されている。

目的は日本のステンドグラス作家である小川三知の作品を見ること。

中泊町の文化センターでツアーバスからシャトルバスに乗り換えて宮越家へ。

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庭園の石は大石武学流庭園遺構でとガイドさんの説明を聞いている間に、うっかり石の上に足を乗せた人がガイドさんにすぐ引き止められてそこは神様だけが通る位置になっているとのことでした。

建物の外からのステンドグラス
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次は中から。

涼み座敷の間で当主の正治夫妻が眺めたように畳に座りみんなでじっくり鑑賞している。

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襖絵。狩野派筆「竹図」
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廊下に面した円窓の間にある「一三潟」のステンドグラス
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海と空のガラスは同じということでしたが、2枚のガラスが重ねてある高度な技法で、本当に波が揺らめいているように見えるのです。
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外の蹲の水が光を反射してステンドグラスにあたるようになっている。

下は外側から見たところ。
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襖絵は狩野派絵師の作と考えられ、元は奈良県の神社にあったものとされているが、上の「春景花鳥図」がこの度ロンドン、シアトルにあるそれぞれの襖絵と一連の狩野派の作品と認定され、7月25日からの東京都美術館での大「英博物館 日本美術コレクション」に展示されることになり、今回が本物を直にここでみられる最後の機会だったとのことだった。
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回遊式庭園の庭は周りを歩いて見学することができた。
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春の公開は6月28日まででしたが、東京都美術館はこれから開催。

大英博物館日本美術コレクション 百花繚乱〜海を越えた江戸絵画

#宮越家

2026/06/27 18:12

過去の小川三知作品はこちら。

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尾瀬に行った

とタイトルに書いては見たものの、実際に尾瀬ヶ原を歩いたのはほんの十分程度だったという、あまりにも寂しい話になってしまったので行ったのは6月1日のことだったがこんなにも時間が経ってしまったという.....

 

マイカーは入れないが、ツアーのバスはこのすぐそばの駐車場まで送ってきてくれる。

ここから降りること60分、下が尾瀬ヶ原でそこに滞在1時間半、帰りは同じ道を登るので90分とのことだった。

 

降りる途中の高山植物たち

ガイドさんが説明をしながら降りて行く。私と夫は最後尾で後ろの3、4名がやや遅れ気味だった。そうしてやっと降りた時にはすでに90分過ぎていて、帰りはもっとかかるだろうと思われた。降りてからお弁当を食べてすぐ歩き始めることになっていたが、夫の足の具合がどうも心配で(疲れると急にフラフラになる人)ギリギリまで歩くと登る時間が人の二倍くらいかかるかもしれないと心配になった。このまま尾瀬ヶ原を50分近く歩いて行って、また戻ってくると言うなら、10分くらいだけ一緒に歩いてそこで待っていた方がいいか、先にもう登って上で待っている方がいいかと、添乗員さんに相談したら、本当は離脱は認められていないそうで、(つまりみんなで諦めて尾瀬を見ないでみんなで帰る)会社に連絡して判断を仰ぐことに。

結局降りたところからはまだ尾瀬ヶ原が見えない場所でそこから少しだけ一緒に歩いて尾瀬ヶ原の雰囲気が充分わかったところで私と夫と添乗員さんは先に戻ることになった。

ガイドさんが先頭一人だと無理ということだったが、ガイドの人も連絡するとすぐ一人来てくれて無事進んでいくことができた。

しかし、後から聞いたら、そのチームが進んですぐに熊の親子が40メートルくらい先に現れてひたすら前にも行けず、後ろにも行けずの状態になったそう。ガイドさんが連絡すると熊を追い払うチームの人が来て、熊は帰って行ったとか。今は湿原の行者ニンニクを食べに来ていたらしく、これから水芭蕉が熟すと芯のところが熊の大好物だと言うことでした。今のところ尾瀬の熊は人を怖がっているので、脅すと帰って行くとのことでしたが、すごい体験だった様子。

そして私たちも道のほとんどがきちんと板で整備されているので無事帰り道も90分で登り切った。

会社の連絡を受けてどこから来たのかツーリズムの会社の人が入あと20メートルくらいでゴールというところに待っていて、「よく頑張りましたね〜」と思いっきり励ましの声をかけて下さった。

本当に後数メートルというところで2人ほどしゃがみ込んでいて動けなくなっていて熱中症で足が攣っているらしく、担がれたりしている横を私たちはなんとか自分の足で帰ることができた。

鳩待峠にはカフェがあり、そこでゆっくり休んでいると他の人たちも無事戻ってきて、時間通りに帰宅の途についた。

 

 

前日のあるぶの里

こちらは越後湯沢の駅から歩いて10分くらいで行かれるところで冬はスキー場なのだろうが、ロープウェイで上がって、バスとリフトに乗って高山植物が咲いている湿生花園の周りを散策。何ヶ所かレストランもあり、夏場も楽しめるようになっている。ハルゼミが鳴いていた。

 

早稲田から桜トラムに乗った。

写真だけ撮ってそのままにしていたらあっという間に2ヶ月近くも経ってしまった。

本当は桜の時期に行ってみたいと思っていたのだが、すでに終わりでもバラの時期には間に合った。それは5月のこと。

タイトルに早稲田からと書いたのだが、東西線の早稲田の駅から都電荒川線の早稲田まで歩いて行くつもりがまっすぐ行ったらすでに一駅先の面影橋駅だった。そこから終点の三ノ輪橋駅まで乗ってきた。

前半はあまりなかったが後半になると両側にバラがたくさん植えてあり、電車の中からもよく見える。

三ノ輪橋駅に到着して駅の周りのバラを鑑賞。

これを書いているのはもう6月も終わるという27日。今日は台風が2つも通過すると言うことで出かける予定がないのでやっとパソコンを開けた。その割に今のところはこちらはまだ小雨で風もほとんどない。昨日は地震がお昼と夜にあった。雨も地震も場所によっては大きな被害が出ているから心配だ。

みちのく旅

ツーリズムで申し込んだ4回目の一泊旅行は初めて新幹線の利用で、東北に行った。もうゴールデンウィーク中のことで2週間も経ってしまった。

盛岡まで新幹線で、そこからバスツアーであった。

当日東京は前日の雨も回復していたが、東北にはまだ低気圧が残っている最中で天気は残念だったが、その分(誰もいない)・・

絶景を巡る旅だったのだが、最初の発荷峠展望台では強風でバスを降りるなり添乗員さんの傘が壊れ・・

十和田湖。

中学校の修学旅行以来の東北。この日の十和田湖は荒れた海のような景色。

その後、奥入瀬渓流へ。

バスが停められるところからほんの少し歩いて奥入瀬渓流を遡り、すぐ車道に戻り、再びバスに。

八甲田山を登っていくとまだ雪がかなりあった。

 

それでも1日の歩いた歩数は1万歩に。6時ごろホテルについて夕食後に温泉に。お湯はとても気持ちよかったが、露天風呂の外は真っ暗で目の前にある木が風で揺れて恐ろしい音がしていて怖いくらいだった。

しかし次の日の朝目が覚めると低気圧が去り、天気が回復したのが体感できるくらいの気持ちの良さ。

ホテルから近い鶴の舞橋へ。三連の太鼓橋で八重桜がちょうど満開だった。

岩木山。

池を渡った側の公園で鶴が飼育されていた。江戸時代には多くの鶴が飛来したというので鶴田という地名になっているそうだが、最近では野生の鶴が飛来するのは流石にないのだろうか。

その後日本海側の海岸沿いへ。

千畳敷海岸

1792年の地震でいくつもの岩が隆起たという。

千畳敷海岸駅から五能線に乗り深浦駅まで車窓から日本海を眺めながらいく。

駅で待っていたバスに乗り、白神山地の十二湖へ。

最初にあるのは鶏頭場の池

500メートルくらい歩くと青池に到着。

なぜこの池は青く見えるのか、実は科学的にはわかっていないそう。

本当は50分間の散策時間だったので、このまま階段を上がっていけばぶなの自然林を少しは歩けたのだが、その時は気づかず、来た道を戻ってバスの降りたところのお土産屋さんでお土産を買って集合時間になった。

その後はひたすら高速を走り、再び盛岡駅へと帰った。

こちらは最後のSAから見えた岩手山。

連休中にも関わらずゆったりと景色を堪能した2日間の旅だった。

昭和記念公園のネモフィラ

ネモフィラの丘で有名な茨城の公園があるが、こちらは歩いていける近場の公園。

行ってみたらまさに一面がブルーの花畑

ちょうど気温も暑すぎず、お出かけ日和とのことで、かなりの人で賑わっていた。

たまに白いネモフィラも混ざっている。

すぐ横の渓流広場は4月の頭にはチューリップと桜が同時に咲いてこれも見事だったようだが、すでにほとんどのチューリップは終わっていて、わずかに残っていたくらい。緑の美しい渓流になっていた。子どもがまだ小さい頃はこの渓流で水遊びして、びしょびしょになり、横の売店で子ども用パンツを買って着替えて帰ったが、今は渓流は立ち入り禁止だった。

帰り立川駅周辺は人が多くて、お茶をしようにもどこも混雑。景気が悪いとは思えないこの状況がいつまで続くのかと考えながら、トイレもパン屋もひたすら行列に並ぶ。

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