キャッツアイに呼ばれて

それは今年の1月1日のこと、新聞の中に都民公報が入っていてその中に3ヶ月に1回都民半額劇場の抽選申し込みがあり、その中の2つのミュージカルに応募した。そのひとつが当選して、2月に「メイジ・ザ・キャッツアイ」を見てきた。その中で藤原紀香ら3姉妹の営むお店、喫茶猫目が出てくる。明治座のロビーでもそれにちなんだメニューだった。

それから別の日、車で道を間違えていつも通ったことのない、豊田駅イオンモールの横を通った時、チラリと見えたカフェの名前が猫目だった。その後1ヶ月くらい気になっていて、隣の日野駅の近くで用事があった日にほとんど一駅近く歩いて行ってきた。

なので、いつもだと散歩の最後にカフェの写真だけど、今回は最初に。

写真ではわかりずらいが、ご飯は猫の形ですよね?ケーキの上にチョコで描いた猫。
なんか運ばれてくる食べにわー!と子どもみたいにときめいてしまった。

そして偶然にも前の日に古本屋で見つけて読んでいたのがますむらひろしの『風の又三郎』だった。

 

 

お店の中も至る所に遊び心の猫たち(本物ではありません)がいて、もちろんお料理もデザートも美味しくて素敵なお店でした。

お店を出るとすぐ黒田清流公園へ抜ける緑道があり、地図の表示板が出ていて日野駅へと緑道を歩くコースが紹介されていたので、崖の雑木林と崖下の清流と辿りながら再び日野駅のほうへ戻った。

ウォーキングコースでは登り降りはそんなにしないのだが、わざわざ登ったり降りたりは自分の趣味。登ると見晴らしが良いし、下は水が湧いてるし、どちらも選び難いから。

公園を出た後は国道20号に沿って歩道を歩くと、横に横穴古墳群の看板。歩道は柵があり中には入れない。

このあとは市街地の道路を通り帰ったが結局日野豊田間を往復したくらい歩いたので、一日の歩数がなんと2万歩!だった。

↓はいつかの明治座でのサンドイッチ。明治なので具が蒲鉾と海苔。

そうそうカメラを練習しようと首から下げて歩いていた時、窓辺にねこはいないかしらと思ってちょうど横の二階の窓を見上げたら、まさに猫がいてびっくり。(あー、早く写真が上手く撮れるようになりたい)

東京ジャーミイ

😕と何気ない会話の中でトルコのパンって世界一美味しいと昔村上春樹のエッセーにあったと言ったら、それは是非食べたいというので、ネットで見るとトルコのパンならイスタンブールとか出てきて、日本で食べられるというのはなかなか見つからなかった。トルコ料理とかでは出てくるが、焼きたてのパンとかいうと普通のパンの店が出てきてしまう。時々車で駅とかに売りに来ているケバブが挟まってるみたいなパンはちょっと違う気がする。その中でパンが売っていると出てきたのが東京ジャーミイだったのだが、前から興味があったのでこの際と思って見学に行ってきた。

駅の地図などでは表示は全くなかったのは宗教施設だからなのだろうか。標識も見当たらなかったが、スマホの案内で駅から4分とのことで到着した。

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入り口に大きく見学自由と書いてあったが、作法などわからないので、受付の人に言うと、スカーフは上の礼拝堂に入るときだけ髪を覆えば良いということで、それ以外の場所はそのままどうぞということだった。
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大理石の手摺りと階段を登ると礼拝堂の入り口
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階段の天井

礼拝堂の中は靴を脱いで入ると1日5回の礼拝の時間は決まっているようだが、それ以外の時間でも中で礼拝している人が何人かいて、2階は女性のみの礼拝所になっていて、2階に上がってそこから写真を撮った。
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まだまだカメラはよくわかっていなくて、ピントを合わすのも室内のガラスや灯りの色も難しくて、あまり雰囲気が出てないですね、、、


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後ろの建物の中にカフェがあり、食事もできる。

朝、ニュースで言っていたが、ラマダンが今日(3月11日)から始まったそうで、イスラム教では日中は断食をして、日没後に食事会があるようで、ホールではその準備をしているようだった。1日の断食の後で家族が揃って食事をする大切な時が、失われてしまった人々のことを想う。礼拝の仕方は違っても心の中で祈る。

 

カフェの方は一般の人向けでピラフやデザートなどが食べられた。
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トルココーヒーとラベンダーケーキをいただいた。

外に出てからぐるりと一周してみる。
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小石川植物園

東京マラソンのあった日

都内のコースになっている道路は規制があり、人もたくさん集まっているはずだが、それにあたっていなければ、地下鉄で隅田川の近くに用事で出たが、ほとんど影響は感じられなかった。

さて、なんということか、小石川植物園と、小石川後楽園が違うということに最近になって気がついた。どちらも行ったことはない。

そこへちょうど読んでいた梨木香歩さんの『やがて満ちてくる光の』という文庫本を読んでいたら、小石川植物園を訪れた話があったので、(訪れたのは一般公開されていない部分)まずそちらに行ってみようと用事の帰りに行ってきた。

正しくは東京大学大学院理学系研究科附属植物園という。

一般公開されていて、入り口で入園料を払って入る。

 

ヒマラヤスギ

 

カンヒザクラ

この日もカメラを下げての見学で、メジロが来ているのだが、私がカメラを向けたところには絶対いない。本当に写真って難しい。

この先の柴田記念館ではオリジナルグッズ販売をしている。オリジナルグッズではないが、『薬草ガイドブック』を購入。

その横にメンデルのブドウの木とニュートンのリンゴの木があった。

(何故か写真はない)

それぞれのオリジナルの木から接木や分株されて日本にまで渡ってきたものが、今でもちゃんと生きている。

温室

足元の草

タンポポみたいだけど、葉にギザギザがない

通り道の脇なので名札とかはなかった

本当にここは文京区?

奥の方にスギ、ヒノキ林がある。

今の時期、体質で合わない人も沢山いらっしゃるので、見るだけでも辛い方には申し訳ないですが、上を見上げても黄色い粉が舞っていることもなく(改良されているものかは不明)私も、向かいから歩いてくる方もマスクはしていないが(ただ花粉症ではないだけ)この林をスギやヒノキの落ち葉を踏みしめて歩いていると清々しい空気でフィトンチッドの効果を感じ、思わず深呼吸したいくらいだった。

改めて思うのは、これがいけないと目の敵にされているもので、実はその反対の働きも持っているといこともあるのかもしれない。ナウシカのように。とにかく他の場所よりもここが一番空気が気持ちよかった。

クスノキ

近くに行くと本当に太い幹でそれこそ手を繋いで並んで何人で一周囲めるのか20人?とかわからないが大トトロが住める太さで、写真を撮ってみても全然伝わりそうにないので、また写真がない。(🙇)

木の説明は名前以外にないので、樹齢などもわからないがもの凄い迫力がある。

こちらは別の場所のクスノキ

大震災記念石

関東大震災の時に避難してきた人たちが避難生活をここで送り1年6ヶ月後に最後の1人がここを出ていった記念碑だそうで、やはり避難生活をしている人たちのことが考えさせられる。

林を下っていくと下に日本庭園がある。

池の水は崖下から湧いていたのだろうが、今はどれくらい出ているのか確認できなかった。池の初めの方の水は澱んでいてあまり流れている感じもないので、ほとんど枯れているのだろうか。

それでも池がいくつもつながっている。

旧東京医学校本館

メタセコイア

メタセコイアが日本に来たのは1950年に苗木で100本贈られ各地に植えられ、挿木や実生で増やされたということなので、私が今までにも見ているもの全て樹齢では私よりちょっと上というくらいなのだろうが、それにしても高い木だ。

広いので回ったのは半分くらいだが軽く1万歩は越えていた。

ホルトノキを見に大磯へ

3月1日に堀文子のアトリエ公開があり行って来た。

彼女は大磯に暮らしていて近くのホルトノキの生えている土地が売られて切られてしまうのを避けるためにそこを購入して木を守ったそう。その木を是非とも見たかった。

ホルトノキという名前をそれまで聞いたことがなかったのだが、由来はオリーブのような実がなるのでポルトガルの木と呼ばれたことからきているらしいが、日本の在来種の常緑広葉樹だそう。




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朝方まで強い雨が降っていたせいで、しなだれてしまっているカンザクラの下を通り抜けてアトリエと庭に入る。


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アトリエとお庭は見学してから、帰り道長い坂道を国道へと下っていく時、ほんの少し海が見えた。それは鼠色の部分の上にちょっと青いラインが町の景色の上に見えただけで、数歩も降りるともう見えなくなってしまった。

国道沿いに歩いて大磯の駅に向かっていくのに、そのあとはいくら海の方を見ても全く見えなかった。

普段は海を見ることのないところに住んでいると、せっかくなので海が見たいと思う。

道路の標識ではここは海抜5メートルとか10メートルとかの表示と津波が来たら避難するように書いてある。この間チコちゃんに叱られるで髪の毛が落ちていると汚く感じるのは、そこにないはずのものがあると不安になり、汚いと思うのだとテレビの人が言っていたが、その反対にそこにあるはずの海が全く見えないのもやはり不安じゃないだろうか。

その日は朝千葉で震度4の地震があってそれで目覚めたものだから、ここで大きな地震が来たら、果たして山の方に向かってかけて逃げることはできるか一瞬考える。今目の前の信号が変わりそうで走っても全然走れていないので、この身体では無理だろう。なのに、海が見たい。

大磯海岸の表示があった駅前の道を下っていき、やっと潮の匂いがして、バイパスの高架と海岸入り口の堤防の切れ目が四角い窓のようになっていて、そこから海がのぞいていた。

まず最初に目に入ったのがすごく荒れた波が押し寄せる景色だったので、想像の海とのあまりの違いに一瞬なんだろうと思ってしまった。砂浜が濃い鼠色で海も砂浜よりは薄い鼠色で高く大きな白い波が絶え間なく押し寄せてきて、ちょっとそれ以上は近づき難い感じで、見ていた。

広い砂浜に人かげもなく、それでもゆっくり波打ち際まで歩いて行った。

沖の方にはサーフィンをしている人が何人かいるのか、波に沿っている姿は見えなかったが、頭のようなものはずっと見えていた。

 


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そのあとはまた国道に戻り、旧島崎藤村邸に寄った。

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大磯は他にもお屋敷の跡とかがたくさんあるのだが、今回はここだけしか行かれなかった。

島崎藤村邸の向かい側に古民家カフェがあったので、そこに寄って大磯から帰った。
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(追記)

この記事がなぜか自分で下書きに戻してしまったのか不明ですが、無くなったと思って探したら、下書きの復元から出てきました。もしコメントや星が消えてしまっていたら、申し訳ありません。

木を見て花を見て

毎年節分の頃に節分草を見に昭和記念公園に行っていたが、今年はバタバタして忘れていた。短い間しか咲いていないから、もう終わっていないかと心配しながらも時間ができたので見に行ってきた。

それと、カメラも持っているのに全然撮り方がよくわからないので、今年こそ取れるようになりたいと、首からカメラを下げて練習。上手く撮れていないのでお許しください。

あとあまりにボケボケだったのでこちらはスマホの写真も。

今年は遅くなったと思ったが、今までで見た中では一番たくさん咲いていた。2月1日に開花始めと見どころマップに載っていたので、ちょうど今ぐらいでよかったのかもしれない。

4本のメタセコイア

一月に映画「PERFECT DAYS」を観た時、映画の中で主人公が読んでいた幸田文の「木」という文庫本を早速読んだ。木を見るということでこんなに文が書けることに憧れを感じる。そして、自分でも真似して木を見たいと思って、私の場合、もちろん文章では全然及びもしないので、ただ見るだけでのブログだが。

でも、木を見ることは好きだ。木や花や空や鳥を見ることそして美味しいものを食べること。

Just a perfect day...

 

雷雪

2月に雷が鳴るのは今までもあったが、さらに雪と同時に雷というのは珍しいそうだ。

昨日は東京にも雪が降り都内の車はほとんどが冬タイヤにしていないせいで、午後雪が少し積もり始めると幹線道路の高架とかで事故も多発し、渋滞で車の人はかなり大変だったようだ。

 

家から3キロくらいの距離の病院からの帰り道いつもだとバスを乗り継いで帰るのだが、歩く距離も短い方がいいとタクシーを呼んだら、12分で来ると言われたのに、実際に来たのは50分後だった。しかしバス停や駅でタクシーを待つ人の列もすごかったので車で帰れて幸運だったと思う。

今年は始まった途端にあまりに大きな災害や事故が続き、そんな中家で転んで尻餅をついたあと寝込んでしまった実家の父が救急車で運ばれたり、戻ってきたりした後、結局圧迫骨折があると入院となった。年寄り2人暮らしで、階段のみの3階に住んでいるため、同時に介護認定の申請を出したが、認定が出るのはまだ掛かる見込みだが、病院の方は介護施設へ移るようにと期限を言われ、そうなると個人で探すのはまず無理で専門の紹介業者が病院から連絡受けてきて、条件で入れる(入れてもらえる)ところを見つけなくてはいけない。

それより一番気がかりなことは病院に入って安心したのか、寝てばかりいる父だ。家は3階の階段だから登れないと最初の頃は言っていたが、もうリハビリが始まって、少しは歩くのだが、それ以外の時間は車椅子にも起きる気力がないと言ってひたすら寝ている。ご飯も食欲がないと言って、ほとんど食べないので最近は点滴を受けている。

実に4年前に義母の時に全く同じ感じで、どこに移るかで病院と話し合いが怒鳴られになって大変だったのを経験しているのだが、また同じようなことをしているのだ。

自治体のホームページを見ても施設に入る選択肢として一番上にあるのが特養で、家からも近くて入りたいと言ってもまず介護認定3以上出た後さらに書類が通るのに何か月も掛かるとか、それでリストに乗るが今の段階でどの施設も20人から100人くらいの待ち人数が書いてある。

それ以外の老健介護療養型医療施設などもソーシャルワーカーさんなど話していくと、うちの場合は当てはまらないと選択肢から外れていき、結局有料老人ホームを探すしかないとなる。ところが実家は23区(と言ってもギリギリの端っこ)だと近いところというと、料金が高くなり、こちらが言った金額は最低なので結局家からは行きにくい三鷹市くらいからしかないらしい。

本人はどう考えてるか話したいところだけど、感染対策で面会時間は10分で、いつも眠そうか、便が出たくて看護婦さんを呼んで、とかほとんど話せない。

しかし、隣のベットでも同じような入院の人らしく、息子らしい声が、「ちゃんとリハビリ頑張ってやらないと、家に帰れないよ、トイレも自分でできないと困るでしょ」

と言っている。そのままうちも当てはまるのだが、同じ言葉を繰り返すのは気が引けた。その言葉は父にも多分聞こえているはず。

タイマーの10分のお知らせがチリリリリとなって「また来るね」とだけ言った。

 

先週の寒かったけど晴れていた日の近くの公園。

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空を見上げているのは猛禽類のなにかの2羽が飛んでいて、並んで羽と羽が手を繋いでいるかのように触れ合いそうな距離で旋回しながら高く高く上がっていたのだが、一瞬足元を見て顔を上げたらもう全く見えなかった。この広い空の今真上にいたものが、端まで移動することもなかろうにと思ったのだが、点すら見えない。そんなにも高く上がってしまうものなのだろうか。もしや扉があって別世界へ行ったのかとずっと見上げていた。
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日の出と日の入り(ダイヤモンド富士)

ウィークリーのスケジュール帳も最後の一頁になった。

どう考えてもやることがびっしりあるはずなのに、陽の当たるリビングに坐ってブログを書いている。来週は新しい年になっているということの実感が湧かない。なんかやり残したことがたくさんあるような気がする。(と書いてて、今、年賀状を書いていないことに気がついた!)

その最後の週に埋まっているのは年末の準備の恒例のことと、これも恒例のようになっている我が家の電気関係の故障の修理である。去年も27日に家の停電で電気屋さんに来てもらっているのだが、今年はお風呂の暖房乾燥機能付きの換気扇が20年くらい経ってやはり調子が悪くなり発注していたが、納品が時間がかかっているということで、やはりこの年末押し詰まってからの工事の予定だ。

タイトルに日の出と日の入りと書いたが、時系列では日の入りを21日に見て、日の出は25日に見たその写真。

日の入りの時間は冬至の10日くらい前からすでに何十秒づつかの単位で伸びてきてはいるが、日の出の時刻はまだこれからもっと遅くなる。今の7時近くでまだ薄暗い。

早起きしなくても日の出が見られるのだろうが、暗いうちに起きるというだけで、私には難しい。いつももう一眠りとしてしまうとすでに日は登っている。そして家からは当然全く太陽が登るところは見られない。見られるとすれば歩いて多摩川にかかる橋まで行かなければ見られない。

日の入りだけは4時10分ごろに見られる。本当の日の入りの時刻は4時30分過ぎなのだが、当時の頃の立川では太陽の沈む位置がちょうど富士山の頭のあたりになるので、少し早いのだ。

でも寒くて晴れている時でないと見られないのと、その時刻に富士山の見える場所にいるのがなかなか機会が合わず、本当は12日ごろから見られるのだが、一年に一度見られたら幸せ。

 

それでも、一度くらいは日の出を見たいと、朝歩いてきた。本当は、日の出の時刻は6時48分とのことだが、家を出たのが5分前くらいで、日の出が見られる多摩川まで歩くと20分強なのでもうすっかり上がってしまっていた。

それではハガキを買いに行かなくては!年末なのにやり残したこと多すぎ。

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