4年前のあの日にどこで何をしていたと誰かと話す時、みんなはっきり記憶している。さて、4年後にはどこで何をしているだろう。今年の3月11日は朝、市の見守りメールで2時46分に黙祷を行いますというお知らせが来ていたが、ちょうどその時伊勢丹に居て、エスカレーターで登っている所だった。アナウンスで今から黙祷をいたしますというと、売り場を歩いていた人たちが立ち止まり、また売り場の人達も黙祷してフロアー中が静かになった。2階に上がる前に終わりますとアナウンスがあり、出入り口前は人の流れで売り場の人も忙しく賑わっていた。
今入ってきた人たちはきっと気がつかなかったろう、一瞬前の静かさを。
ただ、何十秒かで終わった黙祷で済んでしまったかのような気持ちが、そしてどうしていいのかわからない気持ちが整理できない。一時避難生活のまま4年過ぎていく人たちがまだ20万人以上もいるのにこれからどんな風に暮らしていくことになるのか相変わらず目処がつかない。
今年の3月11日に感じたことを書こうとしてすでに1週間も経っている。去年、一昨年と少しづつ変化しているものが何なのか、どう書けばいいのか戸惑ったまま時間が過ぎていく。たぶん東北大震災の黙祷の日という括りで特集が組まれ過ぎると終わりのようなものに対してのざわつきを消化できないままでいる。
外はもう梅もモクレンも沈丁花も一気に咲いて季節がすっかり進んでいる。先週小金井市にある野川公園自然観察園に行ってきた。まだ木々は葉がないので鳥の姿が見つけやすい。来てからまた双眼鏡を持って来ればと悔やんだが、今まで見たことがなかったたくさんの野鳥を見た。たぶんウグイス、エナガ、コゲラ。そしてシジュウカラ、メジロ、ツグミ。あとは高い梢からよく通る鳴き声で囀っていた知らない鳥。アスファルトの道ではスズメと鳩ばかり見るのに、こういう公園の中では帰って彼らの姿を全く見なかった。しっかり住み分けているのだろうか。それとも私の目が見えないだけなのだろうか。
ここは国分寺崖線とそこから湧き出る地下水の流れる野川に沿って自然が残されているところです。前回はけの道を歩いた時の先の部分。
3月の日当たりのいい斜面に花が咲いていた。上の花はキクザキイチゲ。下の花はミスミソウ。キクザキイチゲはスプリングエフェメラルと呼ばれる、まだ地面に草が茂る前に現れて花を咲かせ、その後地上から消えてしまう植物。
花にも鳥にも会えるのはそのタイミングがあった時だけなんですね。