日曜日に日立製作所の庭園開放へ行った際に、会場で国分寺歴史・観光マップを配っていて、その地図を見ながら今度は線路の反対側(南)にあるはけの道コースを歩いてみました。過去にも何回か登場している国分寺崖線に沿って、国分寺の駅から武蔵小金井駅までの一駅散歩でした。
はけの道コースといっても遊歩道部分はほとんどなくて、左右の住宅を見ながら細い道を歩いては所々の高い木々のあるところを目指して適当に歩く。
昨日家を出た時には体が冷えていて、すでに右手の指と左足の先からだんだん感覚がなくなっていくような状態でした。体が温まるまで30分くらいひたすら歩いていると、東京経済大学にある新次郎池に着きました。
登ったところが大学の建物で、左手の小径の先に新次郎池がありそこまでは一般公開されています。
この池に回りの崖下から5箇所の湧水が池に流れ込んでいるとのこと。正面に見える坂道を学生たちが登って行きましたが、夜になったら真っ暗で通れないのでしょうね。
道路を横切ると、国分寺市から小金井市に。そちらに入ると、やはりはけの道の標識がありました。
(それでもやはり住宅が並ぶ普通の道です)少し進むと貫井神社でした。
回りをぐるりと崖に囲まれた格好になっていて、その下から湧水が何箇所からか出ていて水路がお社を一周囲んでいて手前の池に両側から流れ込んでいます。
入り口の看板に境内は神域なので、犬の散歩及び参拝禁止と書かれていました。うちの近所の神社でも朝、犬の散歩ついでに来る人は良く見かけるのですが、入ってはいけないのですね。それとも犬の嫌いな神様もいらっしゃるからでしょうか。
入り口には不動の滝がありました。
後ろの崖を登っていると後からコートを羽織った男性が来て神社の写真や鈴の写真を撮っていました。その後は高校生の男子2人組が授業なのかボードを手にメモしながら歩いて行きました。
国分寺市の地図には小金井市の道はでていなかったのですが、この先は木を見ながら適当に歩きます。
左下の看板に「私は白樫の木・・・」木の残された経緯がありました。小金井市の人々は木を大切に守る意識が高いようで、駅にも駅前の欅を守った人たちという看板がありました。今はほとんどが住宅地になってしまって昔の面影もなくなってしまったところがほとんどなので、こうして残った木や緑地がいかに貴重だったかわかるのでしょう。また守られなければなくなったことにも後の世代は知る由もないのでしょう。
先に進むと背の高い木々が見えてきて坂道をあがっていくと庭園が。
滄浪泉園(そうろうせんえん)という小金井市の公園で入場料100円でした。
もみじの陰になってしまったが、滄浪泉園と書かれた石の門標が建っていて、犬養毅が友人で所有者だった波多野承五郎の為にこの庭を名付けて書かれた字だそう。(見えない・・)
パンフレットは紅葉の園内の写真でしたが、まだ青々としています。空が曇ってきたこともあり、暗くて、なんか池の中心から何かが出てきそうで怖くなってきました。
足元の階段横からも水が湧いて流れています。
はけに沿って歩くとこんな風に崖の下で何箇所も水が湧き出ているのです。
庭園には必ず池があり、水が豊富なので緑も豊かで木々の背も高く、たくさんの鳥たちが住んでいる。
水琴窟になっていて、子供のおもちゃの鉄琴のような優しい音色に怖さも消えました。
横の東屋には先ほどの高校生か?2人連れがずっと話をしていました。
出るときにこちらで小金井市のてくてくマップを頂きました。(なのでこのシリーズはまた続く)
この後、質屋坂通りを上がっていくと武蔵小金井駅に着きました。
まるでモノクローム・・・