今日は花曇り

いよいよ今日緊急事態宣言が出されるということで、いかにも周りじゅうから早く出してくれと頼まれて宣言するという格好になっているが、一般市民は出たらどうなるのかわからないと言っている方が多い。テレビでこうなるとやっていることは宣言しなくてもできることの方が多いように思う。あとから民衆はこうなるとは知らなかった。そんなことは望んでなかったのにということにならないように願う。

ウイルスに勝つとか、ワクチンができれば大丈夫とか、インフルエンザでもワクチンがあっても、薬があっても東京で冬に流行する時は週に100人は亡くなっているのに、なぜこんなにもパニックにならなければいけないのだろう。感染者は爆発的に増えるだろうが、人類の99パーセントが亡くなるわけではない。ただ経済的な面で生活が困難になる人の方が多いかもしれない。それと世界の行き来が全く不自由になってしまうことでこれからの社会はすっかり変わってしまうのかもしれない。これを機に大きく変わっていくものがあるだろう。

人工呼吸器を増やしても、高齢であったり、ヘビースモーカーだったり、既往症のある人にはそれをつけても回復する可能性はほとんどないのではないだろうか。時に回復した海外の人がニュースになるけれど、新型コロナでなくても高齢で肺炎で亡くなる場合、挿管する時に医者から決断を迫られるが、その場合でも(延命の効果はあるが)回復して外せる見込みはありませんと言われることがある。それでも自分の親の場合はつけてくださいと言うだろう。

一度だけ自分や家族がかかった場合にどこまでの医療処置を希望するのか話し合っておいたほうがいいというようなコメントをテレビで聞いたが、重症化してしまった場合には自分もあっけなく死んでしまうということを考えることになる。私の年代だとそれはむしろいいことであるかもしれない。ちょっと前に#100日目に死ぬワニという漫画がツイッターで出ていたが、命はいつまでかなんて誰にもわからない。だけど闇雲に怖がることもない。生きていることと、死があることは同じこと。そういう風に自然に受け入れる。ただ年代が若い人がそれを怖がったり悲しんだりするのは困るので、若い人の重症化率は低くほとんど亡くならないという数値が日本ではっきり出ると嬉しい。

東京都のホームページでも検査数が少ないと批判されると、今までの表示の方法が変わって、わかりにくくなって、探しても見つからなくなった。今朝の新聞でも感染者は昨日の数字でも、検査数は3日のままで更新されていない。病床が満杯となってから、患者数がどこまで増えるのか、医療現場で働いている人たちを考えると、そちらには一刻も早く人手も物資も調達されることを願う。

さて、私は人工呼吸器をつけてくださいと頼むだろうか。きっぱりと拒否することもできない優柔不断なところであるが、もうベッドがいっぱいになっていて、受け入れ不可能なら若い人に譲りたい。苦しい時には助けてと叫ぶだろう。昨日の夕方のニュースでPPAP2020(?)のYouTubeで手洗いの動画をやっていて、世界では手洗いする水も貴重な国の方が多いのになと思って見ていたが、最後にPray for People And Peaceと歌っていたのを聞いて、ちょっと涙が出た。世界中のパンデミック、早く治って欲しい。

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1週間くらい前に夢を見た。大きな包みが部屋の中にあって、開けてみると観葉植物でゴムの木のような大きな緑の葉が見えて、よく見るとインコのような緑色の鳥がいた。一羽は鳩くらいの大きさで黄緑色で、さらに2羽少し小さいが色は濃い緑でとても綺麗な色だった。そんな緑色の鳥の夢だった。

そして数日して近所の桜を見ていたら、この辺では見たことのない鳥が桜を食べていた。都会で増えているという話は聞いたことがあるが、初めて見た。ホンセイインコのよう。しばらく見ていたら、飛び立っていったが、飛んでいく姿を見たら3羽だった。

3つの密ならぬ3羽の緑。なんか関係あるかしらん・

 

2月は逃げる

先週の木曜日、義母の入院していた病院でも、新型コロナウイルス予防のため家族の面会も禁止となった。その前々日に何とか転院先の老人病院での受け入れが決まり、金曜日に退院した。1日家族が行かれなかったのでさぞパニックになっていると思いきや、午前中にお風呂に入れてもらい、朝ごはんとお昼ご飯もちゃんと食べたそうで、本人は自分の生まれた家に帰るつもりになっているようで、移動の道中も「今日は何ていい天気。来年はもう年だからこなくていいね。来年は温泉にしよう」と楽しそうにずっとおしゃべりをしていた。

転院先では「いらっしゃいませ」と出迎えられて美味しい物を食べにホテルに寄った気持ちで、夕方家族と別れると「じゃあ今日は泊まっていくのね」と今までショートステイで泊まっていたのと同じ感覚で、夜もぐっすり寝てしまったという。それまで病院ではベッドに縛られていたので、夜中にそれに気がつくと大声を出して周りに迷惑をかけると言われて、どこでも受け入れてくれないと言われていたのだが、移った先では、トイレなどは先に介助してくれるので、本人は安心しているのか、全然大声を出したりすることもなく落ち着いています、とのことだった。

そちらでも初めての対応ということだが、コロナによる家族の面会禁止となった。そのために向こうから数日おきに電話で日々の様子を細かく伝えてくださっているので、こちらもようやく安心してきたところである。

政府の方針では2週間と言っていたが、そんなにすぐ収束へ向かうはずもなく、先が見えない。医療従事者はそれを一番わかっているのだろうと思う。

 

世の中はこれから大きく変わっていくだろう。たぶん自分だってそのうち新型コロナウイルスには感染してしまうだろう。たとえどんなに用心してもそれだけの感染力はあるのだ。まともな検査が始まれば実態がどれくらいかはっきりしてくるはず。

マスクや消毒用アルコールなどは未だ売っていないのに、電車に乗るときにはマスク着用のご協力をと呼びかけている。

信号の交差点で待っているときに、急に喉にひっかかって思わず咳き込むと、すぐ隣の人がいなくなった。

今日やっとお正月の飾りの張り子のねずみを押し入れにしまった。次に出すのは12年後かとふと考える。

 

鏡開き、忘れました

駅ビルのマッサージ店でマッサージを受けていて、何だったかだと認知症になるとかいう話をしていて、「それ、まさに私です。ああ私も認知症危ないわ」というような会話をしていたのだが、気持ちよくてちょっと夢現つではあったものの、肝心の「何」が全然思い出せない。う~ん、やっぱり私は認知症の気配が濃厚な気がする・・・

 

さて、慌ただしく日々は過ぎていく。去年の暮れに義母が家で転んで右肩と右大腿骨骨折で近所の病院に救急車で入院して、手術。そこまではすぐできたが、本人は5分で自分が骨折したことを忘れてしまう状態なので、リハビリはなかなか進まない。

入院した時に、主治医の先生からは家に帰って今までの生活に戻るのは難しいので、家族でその後の生活を考えるようにと言われた。そしてすぐ病院の相談員の人が来て、病院は急性期の人しかいられないので、受け入れ先は、老健施設か有料老人ホームかということで、老健のリストと老人ホームの仲介業者のパンフレットなどを渡された。

 

義母の姉も義姉も、近所に住んでいた幼馴染だった友達二人もこの10年くらいの間にみんな同じように家で転んで骨折して病院から施設へと移った。うちの義母だけは転ばずに過ごしてきたのだが、本当にちょっとした拍子でリビングで転んでしまった。

 

右肩が痛くて右手がうまく使えないのと、腎臓の値が悪くて急に減塩食になったのと、食べないからついにミキサー食になってしまったのとで、食欲がなくなって、11月までものすごい食欲だったのに、全然自分で食べなくなってしまったので、昼と夜の食事の時に私と義姉とで交代で食事の介助をしている。こういう時にもう94歳で今まで好きなものを少なだけ食べてきたのだから、味が濃くても塩分過多でも好きなものを食べさせたほうがいいのか、ほとんど塩分のないまずい食事を食べさせるのがいいのか、ちょっと考える。今は病院にいるので好きなものは食べさせられないが、ご飯にちょっとふりかけとか海苔の佃煮なんかを載せてみるのだけど、やっぱり「まずい」と言ってあまり食べない。

しかし、11月に体重が4キロも増えて身体が浮腫んでいて、それは危険な状態だったのかもしれないので、すっかり浮腫みがとれたのを見ると腎臓と心臓には良かったと言える。

 

そんなわけで1月の予定はすべてキャンセルした。

 

晦日の日に実家の母も風に吹かれて転んで肋骨にヒビと手の指の下の骨を骨折した。

 

そろそろ掃除をしようと思いつつ

今年は何をしたかしら、と振り返ってみても、最近だと思う出来事が去年だったり一昨年だったり。ただ知り合いのお葬式は多かった気がする。10月には主人のいとこがまだ50代前半で癌で亡くなり、その連絡を他のいとこにしようとしたら、電話が通じずおかしいと思ったら、その二日前に急死していたことがわかった。飲食店を営んでいて、お店もそのままで年齢も夫と同じ年だったのでびっくりした。その人の奥さんも癌で入院中と聞いているが、子供はいない夫婦なので兄弟の人が見ているらしいが、もうこちらには連絡はないだろう。

私の方の親戚でもやはり夫と同じ年の息子さんと94歳の母親の二人暮らしの家で10月に息子さんが脳卒中で倒れて入院した。私の祖母の妹にあたる叔母は頭も体もしっかりしていて、家庭菜園の野菜をうちにも時々送ってくれていたのだが、息子の入院した病院が自転車で10分くらいのところにあり、毎日のように通っていて、12月に転んでしまい、2、3日我慢していて息子の病院に行ったらあまりにも具合が悪そうだと病院に行くように言われた(そこも病院のはずだがスルーしてください)ので行ったら圧迫骨折で即入院となった。今は別々の病院に2人が入院している。

向かいの家の娘さんが病院に行ってくれて、叔母さんからの伝言を私の母に電話してきてくれて、わかったのだが、そういう人がいてくれて本当に助けられている。

叔母さんは医者も回復力に驚いているということで経過は良くなっているが、これからの家での生活に向けての課題を考えるといろんな問題が見えてくる。

急に介護が必要になってもそれを自分でやらなければいけないというのは大変だと思うからだ。だいたい介護して普段から面倒を見ている人がいて、その人が介護申請したりケアマネージャーと相談したり実際の介護保険を使うまでの手続きとかしているのではないだろうか。具合が悪くなってから自分でやっていける人が高齢者にどれくらいいるのだろうか。

面倒だし、必要ないと言って受けない人も割といるのではないだろうか。介護保険も保険料は取られているのに使うのには申請したり認定を受けたりしなくてはいけないのだが、介護保険証が届いた時点で私が担当です、なんでも相談してくださいと普段からケアマネさんが一年に一回でも来てくれるシステムだったら、急に骨折で動けなくなっても、どうすればまた家に帰れるかの相談がしやすいだろうにと思う。

しかし、それには国の予算がますます足りなくてそんなことする余裕はないというのだろう。

テレビでどこかの自治体が60代の人に体操を教えて意識を変えて身体を作って10歳肉体年齢が若くなる効果があったとやっていたが、80代、90代にも同じ体操をやらせることに意味があるのだろうか。元気で1週間くらいで死ぬのが理想であってもうちの周りでも毎日散歩や買い物で脚がしっかりしていた人達がある年齢で弱ってくると車椅子になってしまってうちで生活できなくなる人も多い。あまり歩かなくて車でばかり出かけていても、とりあえず自力で歩いていて生活出来る人もいる。

骨折から入院してその後家には帰れないが何年もまだ元気で生きている人も周りに何人もいる。もちろん医療費がかかる。

新しい介護施設は家の周りにもできたが、立派な建物ができても人手不足で半分も使われていない。サービスも限界がある。果たして解消できるだろうか。

 

だらだらと書いてしまったが、初めのいとこの話で家族葬で行われるという電話で参加しますかと聞かれたのだが、その後NHKの朝の番組で最近の葬儀で家族葬でと言ったのにいとこが来てしまったという話題で、いとこは家族ではないから来ないでくれという意味だということだった。まあそれなら終わってから連絡すればいいのではないかと思うが、家族の意味も人それぞれで、葬式のあり方も変わっていくのだろう。

 

立川駅から国立駅へ一駅歩く

今さらながらではあるけれど、消費税が上がって限定の軽減税率適用とポイント還元というすっごくおかしな制度。おかげで、同じものをスイカで買っても駅前のコンビニとうちの近くのコンビニでは値段が違ったり、駅ビルの中でおいなりさんを買っても、お店によって、ポイント還元になるカードの種類や還元率は様々でさらにスイカもネットで登録していなければ結局還元はされない。駅のタリーズエスプレッソマキアートを頼んで、店内の席がいっぱいだと店の前のビルの公共部分の椅子で飲みますというと、持ち帰りなので店内なら10パーセント、外なら8パーセントで安くなり、さらに紙コップなので若干量も多めに思えて、得した気分にはなるが、なんか変じゃない?

問題がなければじきに全て10パーセントの消費税になるらしいが、軽減税率そのものがなんかおかしい。ポイント還元もパソコンで登録できない人や、その後の還元の手続きが必要なものもあるようだが、そういう手続きが出来そうもないスマホを使っている年配の人にとってはそのポイントがネットの中で宙に浮いたままになってしまったらそういうお金は一体どうなるのだろう。

さて、10月ももう後半。やっと扇風機をしまった途端、暖房を出している。そう、秋らしい感覚がだんだん薄れている。

今日は久しぶりに本当に久しぶりに朝は青空だった。お昼頃から一駅散歩で隣の駅まで歩いてみた。

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駅の北口を行くとすぐ国分寺市国分寺崖線沿いには大きな木がまだ残っているところがたくさんあり、遠くから見える木を目標に歩いていく。

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国分寺造園のお庭の素敵なカフェ。
うーん、やっぱり食欲の秋だけは私にも訪れた模様。

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これは別の会社の敷地だけど、こんなトピアリーが。

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お向かいが鉄道総合研究所で、この辺りの光町という町名はここからきているのかしら。

3時過ぎに駅ビルで買い物して出てくると、もう青空は雲でほとんど覆われてしまっていた。貴重な青空の秋の日でした。

久しぶりで上野へ行った

8月は暑かったと言う間もなく、もう終わってしまいましたね。今年は急にものすごく汗をかく体質になってしまって、1日に4回は着替えて、2回はシャワーを浴びて、それでも汗疹に悩まされ、月末には顎関節症になったようで、パンを噛みしめると耳が痛いです。ま、ブログを書かない理由にはなりません。なんかだらけているわけです。6月から始めたラジオ英会話も9月号のテキストは買ったのに、まだ聞いていません。夏休みの宿題終わらないタイプだったなあと思い出す。

 

そんな生活で、8月末、これも今年初めてかもしれないが、上野まで行き東京国立博物館の『奈良大和四寺のみほとけ』展を見てきた。

www.tnm.jp

 

 本館の総合文化観覧料で拝観できる。

岡寺の国宝・義淵僧正坐像、室生寺の国宝・釈迦如来坐像、長谷寺の十一面観音菩薩立像、安倍文殊院の国宝・文殊真言等はるばる奈良から東京へと来ていただいているようで、ありがたく拝観してきた。

特別展の写真は禁止だったが、建物と他の作品を少し。

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若冲の版画があった。写真の向きが直せず・・・横向き。

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 壁

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テラスから庭園を眺める。係りの人が立っていて、今は一部しか開放していないけれど、10月28日から全部入れるようになり、正面や他の茶室も入れて、この下にはカフェも出るんですよと教えてくれた。
私はまた来られるわけないかと考えていて、そうなんですか・・とそっけない返事しかしなくて、その後で他の部屋の展示を見ながらそういう貴重な情報をわざわざ教えてもらったのにちゃんとありがとうございますと感謝を伝えることもしなくて、すごく反省する。

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本館を出て、レストランという立て札に導かれていったのは法隆寺宝物館。

以前にも一度来たことがあるのだが、レストランしか見ていなかった・・・

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入ると飛鳥時代6〜7世紀の様々な金銅仏のある部屋が。

大きさは変わらないが、一つ一つが顔立ちもスタイルも全然違っているのが興味深い。

私はあまり詳しくないので、わからないのだが、すごく現代的に見えるものもあった。

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その後、旧東京音楽学校奏楽堂を見学して、東京芸術大学大学美術館で「円山応挙から近代京都画壇へ」で大乗寺襖絵を見てきた。

 

見えているのに、見えていない

新聞に紹介されていた、このタイトルに惹かれて、明治大学の博物館特別展示室で行われている、「見えているのに見えていない!立体錯視の最前線」という特別展を見に行った。

錯視というのは私たちは網膜に映った2次元の立体の画像を3次元立体として知覚していて、脳による視覚情報の補充をおこなっている。そこに錯乱が起きている状態が錯視という。

作品はだまし絵を立体化したもの、ボールを置くとありえない方向に動く立体、鏡に映すと全く違って見える立体などいろいろ展示されていた。

ある視点から見ないとその形に見えないものは写真で撮るのは難しかったので、わかりやすいものだけを少し写真に撮ってみた。

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これは形はそのままの階段なのにタイルの貼り方で真っ直ぐでないように見える。

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これらの図形は鏡に映っていると、全く別の形に見えている。

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視点をずらすと幾分かわかるが、まだ不思議な気がする。

大学の先端数理科学院スティテュート企画ということで、数理的解析によって、計算されて立体を作るらしい。と聞くとなんだかすごい。逆に言えば、数理モデルを解かなければこういう立体は作れなかったということなのだろうか。ちょっと工作用紙で立体を作っているような作品もあるのだが、今までは作ることが不可能だったのだ。

 

タイトルに惹かれたと言ったが、私の最近考えていることがそのフレーズだったのだ。

見えている、というのは網膜には写っているのだが、見えていない、というのは脳が認識できないものは、見えないということについて考えている。この展示で3次元の立体を網膜は2次元で写して、それを脳が情報を補充して知覚するということだったが、では4次元や5次元の図形を認識することができるのだろうか。

もしかしたら、私が見ている世界にすでに存在しているものなのに、認識できないために、見えていない、そんなものがあるような気がして、今日も空を見上げるのだ。

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