あざなえる縄のごとし

もう会社も始まり、年始の気分も抜けかかってきた頃の初の投稿。

一日に初詣に出かけて頭を打った親戚の救急車に乗り、そのまま風邪でお正月中の看護する人がいなくて入院となり、昨日退院してかかりつけ医に診察を受けた。それらの付き添いで気がついたら、正月は終わっていた。

親戚一同で元日は食事会の予定だったが、その他の人たちだけで食事して終わった。

去年あたりから、体調が悪ければ参加できないかもしれないと心配していたが、当日のギリギリの展開で結局ダメになってしまった。

しかし、高齢者は軽い風邪から肺炎がすぐ重症化することもあるから、3が日に出歩いて悪化したかもしれないと考えると、実は幸いだったのかもしれない。

今年はどんな年になるのだろうか。

去年あたりから、記憶の中では正月が来なかった人、九月ぐらいまで正月だった人、いくつものパラレルワールドが存在していることを身を持って感じるようになった。そんな中で生きていると、私が現実だと思っている世界もひょっとしたら幻なのではと思える。いや、多分それが真実なのではないかと思うようになった。

暖かく穏やかな正月だった。

二日の病院へ向かう高速道路から今まで見た中で最高に綺麗な彩雲を見た。

病室からの景色は富士山が真正面で暖かく、どこかのホテルへ泊まっていると勘違いするには十分の状況だった。

そして久しぶりに一人部屋でパソコンを開ける時間を持って、今年も良い年が始まったのではないかと思っている。

 

世の中は変わっていく 時は過ぎてゆく

久しぶりに鼻風邪で、寝込んで、(この間も寝込んでなかった?)症状は鼻水と咳で1日づつで収まったのだが、クリスマスの三連休もほんのちょっとづつ掃除をしただけで、終わってしまった。

月初めに、お年賀に使うお菓子を始めてのお店に注文した。そこではネットで注文すると着払い、またはコンビニ払い(後払い)で送ってくれるが、電話の注文だとまずお金を振り込み確認が取れてからの発送となるという。さらに宅急便の契約があり送料も変わるということだった。ネットではその時点から2週間先まで注文できたが、さらに先の配達の希望だったので、余裕もあるので先に振り込みに行ってきた。ネットの方が明らかにお得で便利なのだが、だから逆らって電話で頼んでしまう。考えようでは電話に応対する人件費がもったいないから電話してこない客の方が歓迎なのだろう。どこまでもコスト削減で考えることが大事な世の中なのだ(私のパソコンもコストと入れたら”コスト削減”と”コスト削減で”でが出てくる!)。

時間の流れがどんどん早くなっていると感じているのは、ほとんどの人に共通しているように思うが、この間まで正しい、これがいい、と思っていたことが、そうじゃなかったとわかるまでの時間もどんどん短くなってきている気がする。

ついこの間特定外来種で駆除すべきだった植物はいつの間にかリストがなくなっていた。クレソンの種を水辺に撒いて緑化していると話を聞いてそれは特定外来種!などと鼻息を荒くしていた自分も今となっては恥ずかしい限りだ。在来種と言っても江戸時代くらいにきたものもある。後から来ていっとき拡がって脅威だと敵対視する。なんだか先に来た移民が後から来た移民を迷惑だと言っているのと同じように思えて来た。人類がもともとアフリカの一人の女性が起源だというならみんな移動してきたことになる。植物の方は勢力争いはあっても年数が経ってみると不思議に馴染んで共存しているように見える。多摩川河川敷のススキとセイタカアワダチソウみたいに。

 

外来種は本当に悪者か?: 新しい野生 THE NEW WILD

外来種は本当に悪者か?: 新しい野生 THE NEW WILD

 

 今年最後に読んだ本。

 

今年も一年間ありがとうございました

市の処理施設にゴミを持ち込む

12月ももう半ば、やることリストに書いては消してもリストの項目は増えるばかり。

掃除も昔のように一気にやろうと思っても体が動きそうもないので、少しづつ手の届く範囲でやっている。今日はお風呂場。ゴミもなるべく早めに出さなくてはと思うが、段ボールや新聞紙は出してもすぐたまる。おとといは月に2回の燃えないゴミの回収日だったので有料の袋で掃除機を捨てた。20年以上前のナショナルのクーペスターという小型の掃除機で、もうモーターがダメになったかゴミを吸わなくなったので、通販でマキタの軽いタイプに買い替えたのだ。ところが袋1つ分に入れたホースは回収してくれたが、本体の方は20リットルの袋にちゃんと収まっている大きさでも、掃除機は粗大ごみということでシールを貼られて回収してもらえなかった。

粗大ごみは電話で申し込んで、近くの店で処理券を買わなくてはいけない。ポイント制で掃除機だけなら1ポイントだが、10ポイントまで1000円で、最低でも千円かかってしまう。

清掃工場へ持って行く場合は1キロ8円、ということなので自転車で持って行った。

私の住んでいる場所は市の地図でいうと、右下になる。清掃工場は左の上でちょうど反対側になる。同じ市内でも端と端では自転車でも一時間半かかった。特に行きは後ろにカゴに積んだ掃除機がやはり重く感じて、ゆっくりとしか走れない。途中何台も電動アシスト付き自転車に追い越された。

半分ほどの道のりの新しく出来た道で歩道も広く自転車も走れるようになっていて楽だったが、後半の五日市街道に出てから歩道は狭くて家の入り口ごとに急な上がり下がりになっていて、車道は一車線で車も多くて出られずなかなか進まない。古い家が並んでいて、牛の姿は見えないけれど、所々で匂いがする。五日市街道は立川市の端で横田基地に突き当たる。そこから向こうは福生市になる。

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フェンスの向こうにはオスプレイも飛んできている横田基地。時には市街地の上空も飛んでいるのだろう。フェンスに沿って行くとやっと清掃工場に着く。

入り口で車が並んでいて、その後ろにつく。紙に名前と住所を書くと自転車ごと重さを測る。窓口の横の地面が秤になっていて、前の車も車ごとまず重さを測る。そして奥で荷物を降ろすと帰りに再び測る。私の場合係りの人が掃除機を受け取ると、すぐ反対側へ回って再び重さを測る。入り口が80キロで出口で70キロになっていたが、回収費用は無料ですと言われた。

無料と言われた喜びもあり、帰り道は軽くなって、五日市街道ではない道を通ったら、30分も早く戻ってきた。

途中の地元の野菜や特産品を売っているみのーれで野菜や花を買い、中で一休みして帰った。

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地元の牛乳も入っている、東京牛乳のソフトクリームはとても美味しいのだけど、冬なので人参ゼリー。地元の野菜や牛乳が食べられる幸せ。

 

 

池田山公園界隈

先週のこと、NHKのニュースで国立に霜がおりました、と朝の出勤風景かバスを待つ人々が寒さに耐えている様子が映し出されていた。キャスターが西の方はこちらより寒そうですというようなコメントを言っていた。そう同じ東京の中にあっても杉並区民や武蔵野市民から立川、八王子はこっちより、3度寒いと言われている。

ならばこちらより紅葉も遅いのだろうと8日の暖かかった日に都内へ行ってきた。

山手線の中はあまり訪れたことがなかったが、先月清泉女子大の本館を見学に行った時にそこが島津山と呼ばれる場所でさらにそのあたりは城南五山と呼ばれる高台があるということを知った。東京都の広報誌に東京のオアシスというコラムがあってそこに池田山公園が紹介されていたので、記事の切り抜きを手に、訪れてみた。城南五山というのは先ほどの島津山、池田山、御殿山、八つ山、花房山があるという。私は今まで家や駅や学校の径路が平らなところばかりだったので、関東平野というのは平らなイメージだと思っていたが、都内の方が急坂に高級住宅街があり、年をとったら歩くのは大変そうと思ってしまうが、住んでいる人はみんな車でお出かけなのでしょうね。

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五反田の駅から案内板に従って歩く。

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歩いていくと「ねむの木の庭」に着いた。旧正田邸の跡地で、美智子様の歌と縁の植物が植えられている。

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さらに5分くらい歩いてい池田山公園に着く。途中のとっても立派な洋館は大使館で、向かいの住宅でも家の玄関をお掃除しているのは日本人ではなく、やはり山手線の内側は別世界のように感じる。

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下には池があり、ぐるりと斜面で囲まれている。

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やはり、都内の方がまだ綺麗な紅葉が残っているようですね。

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岡山藩の下屋敷一帯の地だったのだそう。池をぐるりと回ってみた。湧き水なのかどうかはわからないが、岩から池に水が流れている。

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公園を抜けると入り口の案内板の歩くコースの紹介では目黒駅へのコースが紹介されていたが、反対側を見ると一度下ってまた坂道の先に背の高い木々が見えるので、あちらも山かしらと思って歩いてみた。

f:id:hidamari39:20161212174914j:plain坂の途中で道に置かれていた粗大ゴミ回収シールの貼られた椅子や照明スタンドを見て、思わず回収したい誘惑に駆られながら歩いて行った。

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誰もいない小さな公園。突き当たりは金網にセコムのシールがあり、覗き込むと上の方に人が歩いている気配がするが、よくわからず公園を出る。

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先ほどの池田山公園は品川区だったので、散歩コースの案内も品川区内の紹介だったのだが、反対側に歩いてすぐは港区白金台になっていた。

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やはり高台で、景色も良く見れる。ただほんのちょっと移動するだけなのに本当に登ったり、下ったりでこういうところに住んでいる人はみんな慣れているのかなと(先ほどからくどい)上り下りするたびに思ってしまう。

電信柱に畠山記念館とあり矢印を見つけてその方向に進んでいく。

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「天下人の愛した茶道具」(12月11日まで)という秋季展が開催していた。お庭のみの見学は不可ということで記念館を見学。

お茶の勉強をする人たちで中にはたくさんの人がいた。

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お庭も素晴らしくて、こちらの紅葉もとても綺麗だった。

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先ほどの小さい公園はこの下で、ここを通る人たちが見えていたのだった。ぐるりと回ってきたことになる。

また坂を下って帰ると桜田通りに出る手前のパン屋さんのカフェでお昼を食べた。

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桜田通りにでるともう五反田駅まであっという間だった。

歩いた距離はそんなにないのに、山をいくつも登って下れる山手線の中はすごいと思った。

 

ストレッチは逆効果?と紅葉と巨木

もう1ヶ月以上前のこと。10月の末に寒くなったせいか、特に原因もなかったが、腰が痛くなって、その時は二日おとなしく過ごしていたのに、夜寝返りが打つのが痛くて体が動かせないのがますます筋肉の緊張になってしまい、起きてみると、トイレに座るのが痛くて、思わず叫ぶ。背中が強く曲がって、足もガニ股で体を支える力もなくてテーブルや椅子にすがりながらやっと歩いて洗面台を覗いてみると、その姿は91歳の義母よりもはるかに年老いていた。自分は早々にこんな姿になるのかと、あまりのおかしさについ笑ってしまうが、笑うとなおさら痛い。もう歩いて病院まで行くことも無理と、車ですぐ近くの病院へ行き、レントゲンを撮るのにもズボンを履き替えるのにも一苦労で、そこから車椅子で先生の前に連れて行かれると、「まあギックリ、ですね。家で寝ているのが一番です」ということで薬を処方された。痛み止めと胃薬と体の緊張を緩める薬だった。その薬を飲んで数時間家で寝たら、それまでの緊張で筋肉が引っ張られて丸くなっていた背中と腰と足が伸びた!それはかなり劇的に見た目が変わったので家族も驚いていた。

その後は用心しながら動いているうちに戻っていった。

先月NHKためしてガッテンで腰痛が治る体操をやっていて、寝返りしないことが腰の痛みの原因といい、寝る前に4つのストレッチをやるだけで効果があるという話だった。

早速毎晩やるようにしたのだが、この頃また腰が痛くなってきつつある。

座っているのがいけないようで、立ち上がった後、歩くのが体が伸びない、伸ばすと余計後から痛くなるようだ。

私はもともと硬いので伸ばすことが向いていないようで、ストレッチの基本は痛くないところまで気持ち良く伸ばしてゆっくり深い呼吸を数回するというのだが、ここまで伸ばしてと思うところがすでに痛みを呼んでいるらしい。

緩んだと思っても少しすると反動でよくマッサージで揉み返しがあるが、同じように返って硬くなってくるようだ。また少し緩んだことでそこだけグラグラして支えが効かずに負担がかかって痛くなってくる。

緩めるのがいいのかいっそ硬いままの方がいいのか、ほとんどの人に効果があるというストレッチもやり方がいけないのか合わないのかもしれない。

 

腰痛が落ち着いていた2週間前の日曜日に日野市の百草園に行った。紅葉祭りの期間ではあったがすいていた。すでにピークを過ぎていたのだろう。

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以前は中でお蕎麦が食べられなのに、休業ということで、向かいのお茶屋の団子セットをいただく。

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曇っていて、新宿方面、スカイツリーも見えず。

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百草園を出ると隣は百草八幡宮。百草園の方を見ているところ。

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11月24日の雪がまだあった。(11月27日)

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八幡宮の裏手に登れるようになっていて、上がっていくと(写真は振り向いているので下っている)巨樹がたくさん現れた。

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シイノキが群生している。写真では大きさが伝わらないが、どれくらいの樹齢なのだろう。見事な巨木で感動した。

 

11月24日初雪

まだお向かいの家の屋根にはうっすらと雪が残っている。初雪の観測は54年ぶりという。

NHKで23日の夜に絵本作家の甲斐信枝さんという方のドキュメンタリーを見た。

私は知らなかったのだが、『雑草の暮らしー空き地の5年間』『のげしとおひさま』など観察や科学に基づく「科学絵本」を描いている方で85歳の今も京都嵯峨野の野山で何時間も足元の植物をじっと観察してスケッチする。絵本でのげしの種が風に舞う時に草と草の僅かな空間を渦巻くように周り中が四方へ飛んでいく様子が描かれている。それを実際にスローカメラで写してみると本当にその様子が見ることができた。一瞬の様子をひたすら観察することで細かい種の一つ一つもちゃんと描き込んでいることに驚かされた。

番組の中で甲斐さんが草が教えてくれたことについて

「細かなことにガタガタ言うな

 安住せよ

 ちゃんと時間が解決する」

というふうなことを仰っていた。

この言葉を聞いた瞬間、私は自分の問題に対する答えがわかった気がして、そうなんだ!と感動したのだが、もう言葉では何が解決したのか言い表せない。

ただ「安住せよ」と言われた時に私にその言葉が向けられたように思えた。草が生きるように、私も生きろと。それが答えだと。

どんな風に生きるのかは私も草から教えてもらわなければならないのだろう。

旧島津侯爵邸

清泉女子大学本館は島津家の邸宅として大正6年に完成した洋館で、都指定有形文化財になっている。6日に一般公開されると東京新聞で読み、訪れた。

場所は五反田、大崎、高輪台から徒歩10分、品川駅から徒歩15分。通称島津山と呼ばれる高台にある。高輪台から歩いたが、ビル一つ分先の道を曲がってしまったら、どんどん下ってしまい階段を上って正しい方へ戻ろうとするが迷ってしまい、道を聞く。地図では平面だが、実際にはすごい高低差があって、学校だから大きな建物ですぐわかると思ったら、ここら辺はみんな大きな家やそれらしい雰囲気のある建物ばかりだった。

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下の道からは建物は見えなかった。門を入ると長い坂道。

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東京新聞の記事を引用。

 旧島津邸は1917(大正6)年に完成。鹿鳴館や神田のニコライ堂を手がけた英国人建築家ジョサイア・コンドル(1852〜1920年)による晩年の傑作と言われる。地上2階、地下1階のレンガ造りで、延べ面積は約1800平方メートル。ルネサンス様式を基調とした外観は、壁に白いタイルを使い、曲線的に張り出した2層のベランダが特徴的だ。

 戦後、連合国軍総司令部GHQ)の管理下に置かれ、日本銀行の所有を経て62年から同大の校舎として使われている。

 

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玄関の上部のステンドグラスに島津家の家紋が見える。

改修工事のために正面玄関の塗装を剥がしたところで今だけ白木の素材と草花の彫刻が浮き出てはっきりと見えるとのことだった。

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行くまで知らなかったのだが、この日はフォトコンテストイベントというものが行われていて、この後に学生が大島紬の着物を着てモデルとなり写真家による人物撮影指導で男性の撮影者がたくさん入ってきて上の写真の花は倒れていたり、階段のカーペットに庭から来た人の靴の泥が落ちていたり、片付けに回っている人が大変そうだった。

竣工100年記念として去年から年に何回か撮影のために特別公開されていて、毎年コンテストをやっているらしい。

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受付から入ってすぐ左手に礼拝室がある。各部屋にもマリア様や壁には十字架がかかっている。ステンドグラスの島津家の丸に十字の家紋はキリスト教と関係はないのだが、雰囲気があっていて、今の学校のためにデザインされたかのようにも見える。

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各部屋は今でも学長室、会議室や教室として使われている。

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 奥庭に出たところ。

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 フウの木。その他見事な木がたくさんある。

 

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