肥田舜太郎さん

昼間外を歩いていた時に前の5階建て位のビルの壁を羽を広げた鳥の影が斜めに横切った。まるで鷲かなにかの姿のようと思って見ているとビルの向こうからカラスがビルの上空を飛んで横切って行った。しかし、影が先に見えてそのビルの向こうからカラスが飛んで来るというのはどう考えても逆の様な気がする。もし映像だったら、これは合成で嘘でしょと思うはず。どういう現象だったのかよく理解出来ない。

 

最近ベランダにムクドリがやって来るようになった。番なのか必ず2羽で一緒に来る。そこにヒヨドリが来ると2対1のせいかヒヨドリの方が追いやられてしまう。ムクドリは平然とベランダに置かれたビスケットの欠片を食べていてヒヨドリが「キー」と声を出しても動じることもなく、近寄って来たヒヨドリが追い出そうとすると逆に追い出されてしまった。今の所ムクドリヒヨドリ>鳩、という力関係のようだ。

先ほどは一羽だけでムクドリが来た。朝来た2羽とは別の個体だろうか。何か無いかとさがしていたが、もう何も無かったのでがっかりした様子で帰って行った。

鳥情報とかあるのだろうか。「おいしいものがあるっていうから来たのに、何も無い、ブヒー」と窓越しに代わりに言ってみる。

 

今日は学習館で肥田舜太郎さんの講演会があり聞きに行って来た。

最初に『広島ー長崎1945年8月』という16分の映画の上映があった。これは1945年に日本映画社が撮影した2時間40分の記録映画がGHQの没収にあい、1967年まで封印されていたが、封印が解かれて米公文書館の公有財産とされ、同時に日本政府に返還されて、アメリカではエリック・バーナウ監督が1970年に16分の作品として発表された。日本ではNHKがドキュメンタリーを制作、放送していたが人体への影響部分はプライバシーの侵害を考慮してすべてカットされていたが、アメリカの作品が1970年に逆輸入されてテレビで放送されたというものだった。

封印されていたことにより日本の中でも放射能による被害のひどさの情報が広まらなかったとも言えるのだろうか。

肥田舜太郎先生は97歳だそうで、講演も立ったままでとてもお元気だった。私はまだ肥田先生の本を読んでいないので知らなかったのだが、チラシによると、先生自身被曝しながら直後より医師として治療活動をされていた。放射性物質を取り込んだ被害は隠されたままアメリカ軍も認めず、明らかにされなかった。30年間被曝者や、被曝していなくても具合いの悪くなっていく患者をみていてアメリカでそれが内部被曝であると知り、低線量の放射性物質であっても健康に害が出ることを訴える。

福島の原発事故後、放射能による低線量内部被曝も起こっている。その世界でこれから生きていく子供達、孫たち、玄孫達が暮らし易い社会に一人一人が変えていかなくてはいけないと仰っていた。

 

 

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