調布駅〜野川〜国立天文台

金土日と諏訪祭りがあったのだが、この数年、市からの補助金が北との兼ね合いで減ってしまったらしく、家の前も通行止めにはなったが、どこで何が見られるかも全くわからなくなった。雨で山車もほとんど来なくて、子供の神輿や民謡流しなどもみんな中止になったらしく、閑散としていた。

そんなわけで、日曜日の午後、地元を歩いてみたが、規制で通行止めになっている道路で何をやるでも出店が出てものを売るも雨でほとんどなさそうだったので、目的なくそのままモノレールに乗った。

何故か思いついたのは調布か府中。モノレールの高幡不動駅から京王線に乗り換えて、調布で降りた。こちらもお祭りだったようで、調布よさこい祭りとの看板が出ていた。

賑わっている駅前をさっさと通り抜けてずんずん歩いていくと、深大寺植物園、天文台経由でJRの駅へ向かうバスが通り過ぎて行ったので、その方角を追いかけるように歩いて行った。旧甲州街道から甲州街道へ抜けて武蔵境通りを行くと野川へ出た。

それまで車の多い道を来たので、しばらくは野川沿いを歩くことに。

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川の横に家が並んでいるが、その後ろ側はすぐ崖になっている。

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久しぶりに国分寺崖線に会えて思わず微笑む。私有地で入れないようす。

どこか上がれそうな道はないかと見ながら上がってみるとこんな看板が。

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プラネタリウムのある保育園も珍しいが、国立天文台のある三鷹市では特に力を入れているということなのだろうか。

後ろが駐車場になっていたので入ってみると、確かに視界が開けて、味の素スタジアムらしき姿が見える。

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先ほどの首都防衛高射砲陣地跡というのは特に説明のものはなく、それ以上わからなかったが、この足元辺りの事だろうか。

 家に帰ってから調べると今年の2月の東京新聞の記事が見つかったので貼っておく。

 

【社会】

三鷹の保育園に高射砲陣地跡 歴史まとめ記録集刊行

 
 
 
 
 
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2016年2月9日 夕刊

 

保育園内に保存されている高射砲の台座を指さす柴田直樹さん=東京都三鷹市

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 東京都三鷹市の高台にある保育園の、旗用ポールの根元には秘められた物語がある。このコンクリート製台座は、太平洋戦争中、米軍の空襲に備え陸軍が置いた高射砲のものだった。その歴史を子どもたちに引き継ごうと、園は記録集「高射砲陣地跡が語る戦争の記憶~永久平和を希求して~」をつくった。同園常務理事の柴田直樹さん(66)は「身近な場所にも戦争の跡はある。悲劇を学んでほしい」と訴えている。 (鈴木貴彦)

 この園は社会福祉法人「楽山会」が運営する「椎(しい)の実子供の家」。園庭や裏庭には、直径約三メートル、高さ約一・七メートルの台座が四基ある。各台座には高射砲が設置されていたが、戦争末期、富山県の港に移設され、台座だけが残った。

 高台からは調布飛行場(東京都調布市など)を一望できる。近くの国際基督教大学は戦時中、中島飛行機三鷹研究所があった場所で、高射砲はこれら軍事関連施設を守っていた。一九四五年二月には、米軍機の機銃掃射を浴び、この地で四人が戦死している。

 記録集は首都防衛を担っていた高射砲隊「調布隊」の戦友会の会報などを基に、陣地の構築から米軍機による攻撃、終戦までを詳細につづっている。高射砲の写真、配置図なども収録した。

 柴田さんが昨年七月に聞き取りをした元調布隊中隊長の北作健二さん(92)=金沢市在住=の証言も載せた。激しさを増した米軍の爆撃について、部隊を指揮した北作さんは「B29は高度を上げて飛来するようになり、高射砲の砲弾は届かなかった。米軍は航空写真でどこに何があるのか、みなわかっていた」などと回想している。

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 五七年、当時の鈴木平三郎・三鷹市長(故人)が土地を私費で買い取り椎の実子供の家を開設。台座の近くに平和祈念碑も立つ。

 記録集の発行が決まったのは昨年夏。編集、執筆を担当した柴田さんは「戦後七十年を節目に鈴木スミ理事長(鈴木氏の妻)が『若い世代に伝えたい』と、詳細な記録集の発行を望んだ」と振り返る。

 記録集はB4判百十ページで二千部を印刷。今年に入り、関係者に配ったほか、市内すべての公立中学、高校に配布した。一般の人も読めるように、市内の図書館にも贈呈した。柴田さんは「記録集をまとめて、この戦争がいかに無謀なものだったか、あらためて痛感した。二度と戦争を起こさないよう、この事実を次の世代に伝えたい」と強調している。

 
 

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 その後、三鷹市と、調布市の境で、住所表示を見るたびに行き来していたが、小山のような大きな木の茂ったところを目指して歩いて行った。道路を渡るとどんぴしゃりと国立天文台の入り口。(っていったいいつから私はそこを目指していたというのだろう)

途中、スマホGPS機能を使えば今どこにいるかすぐわかるし、どこに行こうかの最短ルートも教えてくれるだろう。それに年をとったら知らぬ間に付けられてしまうかもしれない。GPSから自由でいられることを楽しめるのも今だけかもしれない。

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登録有形文化財になっている第一赤道儀室。曇り空と建物の古さが妙に馴染む。

中には2人説明の人がいて、曇りでなかったら、扇風機の上の部分の画用紙に太陽の黒点が映るので写すことができたのですが、とのことだった。

黒点と聞いて、思わず、「黒点っていったい何ですか」と質問してしまったが、私が理解するには多分難しすぎたと思った。太陽より温度が低いところという説明に「そうなんですか」と答える。

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夏休みで子供のグループもいたが、広いのでこんなにひっそりとした感じ。蜂に注意とか毒ヘビ注意の張り紙があるが、ここはちゃんとした見学通路。

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こちらも有形文化財の太陽分光写真儀室、別名アインシュタイン塔。こちらは外から見るだけ。

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赤道儀室。やはり国登録有形文化財の建物で天文台歴史館になっている。

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別の建物の展示室でたった一人でミニシアターで宇宙の映画を観る。色々選べたが、「コズミック・ビュー」というのを見た。昔、新星堂の店頭でやっていたイームズのDVDを思い起こすような、三鷹上空から遠くへ離れていくにつれ、地球、月、太陽系、銀河系と宇宙の姿が見られるものでとても面白かった。

ひとつひとつ見るには時間がかかるので飛ばしてしまった。見学コースがちゃんとあるので、子供が小さい時にじっくりくればよかったなと思った。

受付のあった正面の門から出ずに横の門から出るとすぐに三鷹市 星と森と絵本の家があった。国立天文台旧1号官舎を解体して移築したもので絵本の読書室やおもちゃ部屋など小さい子どもたちで賑わっていた。

 

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出口の手前で、木(クサギ?)の花の蜜を吸っている蝶がクロアゲハかと思ったのだが、羽の下部分に黄色い模様が目立っていて初めて見たので家に帰って調べてみた。ナガサキアゲハ

思いっきりズームしてトリミングしているのでボケててわかりにくくて申し訳ありません。

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帰りは、出口のところのバス停でちょうど来たバスに乗りJR武蔵小金井へ。

 

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