数字とか、世界とか、

昨日の晩のクローズアップ現代統計学のブームをとりあげていて、番組の冒頭で、ちょっと正確に覚えている訳ではないが、

  この食べ物を食べた人の98%が癌になる

  この食べ物を食べた人の95%が心筋梗塞になる

  凶悪犯罪を犯した人の90%が24時間以内にこれを食べている

というボードを街を行く人に見せて、この食べ物を禁止するべきですか?というアンケートをして、結果ほとんどの人が禁止する、と答えた。

この番組を見ている時点で、すぐからくりがあるでしょうと考えてしまう人なら、ほとんどの人が食べるご飯なら当たり前だと考えるだろうが、果して正解はご飯であった。

 

テレビの画面ではほとんどの人が、禁止するべきと言っていたが、これも実はアンケートを取ったのは20人で、そのうち、禁止すべきと答えた人は16人だったそうだ。

つまり、ほとんどの人がだまされたというのは嘘ではないが、統計をとるとしたら、1000人(だったかな)とかのもっと多くの数で偏り無くとることが必要だと言っていた。

 

私も昔は統計の数字をみるとすぐ鵜呑みにして、また他の人にも自信たっぷりにその数字を言っては「だから・・・なんだって」と言っていた。

しかし、今ではグラフを見れば、この縦のメモリと横のメモリの単位で角度が代わって見えるだけとか、どの部分を見て数字を取り出しているのかとか、もう常に疑ってかかるようになってしまった。悲しいかな。

それに最近ときたら、数字をすぐ忘れてしまうし。

それでも数字は気になる。

「奇跡の一本松」募金に1億6000万円 目標超える  :日本経済新聞

この数字はどうなのと陸前高田市のホームページを見てみると、7月1日現在での募金件数3,286件、募金総額1億6298万620円とある。

3,000人が一人50,000円寄付すると1億5000万円。フーム。世界中から募金をネットで募ったようだけど、内訳が知りたい。

 

どんな時でも世界のほんの一部しかわかっていないだろうということが、少しわかればわかるほど、はっきりとする。

そして、その世界の1部と別の1部分の完全なまでの断絶みたいなものも。

ネットの世界では世界中のニュースまでより早く、テレビで報道されない部分まで伝わってくる様な気がしてしまうが、それすら、自分が知りたいと思うニュースですらなく、それでわかった気になる怖さをすごく感じる。

 

つまり、なんにも知らないと。

 

日本の女性の選挙権が持てたのだって戦後なのに、まだ当然その頃の事を知っている人達は生きているのに、もう投票率が下がって行く一方の今、そんな事があった事はずっと過去の事としか、思えない。全く別の時代の様な気がする。

今現在の事もあとほんの少し経って、まだ自分が生きているうちに、なんだか別の時代みたいね、と夢から覚めたかの様な事を言う事になるのだろうか。

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