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町内会

町内会は隣組という、10軒くらいが1組で、20数組集まってできている。

昔はもっと多かったのだろう。自営業(商店)、あるいは2世帯、3世帯が多くて人手もたくさんあったのだろうと思う。今は表の通りは商店と言っても、コンビニ、飲食店、賃貸で町内会に入らないお店ばかりとなり、自分の町会で野菜も魚も肉も買えない。

 

1つの組から毎年一人が組長となる。毎年隣の家へ引き継ぐのだが、高齢などでどうしてもできないという家もあるので、5〜7年くらいに1度回ってくる。引っ越して行ってその後にこしてきた人は入らないということもあるので、だんだん軒数は減ってくる。1軒の家が壊され、5軒くらいの建て売りが建つ事もあるのだが、ほとんど新しく入ってこない。減る一方だと、隣の組と合併していくので、組の数もだんだん減ってくる。

 

すると、組長の数も減り、組長の家の主婦が婦人部として行事の時にご飯を作ったりするのだが、人手がどんどん足りなくなってく。数が減った上に高齢化と、若い人は仕事にでていて、参加する時間がない。

 

今年2度目の組長にあたり、1回目のときの経験もほとんど無いにも関わらず、役員決めで誰も決まらず、代表(と名前を変えて)の3人のうちの一人となった。

あとの2人は私の親くらいの年齢の方である。

その方達が結婚して、この地域に来て、町内会に参加した頃はもっと大変だったという。町会毎に会館があるのだが、その頃はお葬式などもそこでやる事も多く、その度に隣組で食事を作ったりしていたそうだ。

 

お祭りの時と、お葬式のときでは野菜の切り方も違うのよ、と教えてくれた。

 

今はそういう事は、もう伝わっていない。

昔は大変だったのだろうが、出来る人の知恵が周りに伝わっていった。それが、いつの間にか出来なくなり、伝えられてきた事も伝わらなくなって、無くなってしまった。

今それだけの労力を払えるかというと、やはり難しい気がする。

 

私が結婚してきた頃は、そういえば、お葬式が隣組で出るとき、斎場の方でやるので、隣組のお手伝いはそちらへ行ってお茶汲みだけ手伝ったりしていたが、その後、どの家も手伝いはなしというのが当たり前になっていった。

 

そして出来なくても、業者に頼んでやってもらうから全然問題はない。

ただ自分達ではほとんど何も出来なくなっただけなのだから。

 

 

以前に比べてずっと楽になったと言われていても、月に1度の定例会、年に何度かの会費集め、会館掃除、廃品回収、お祭りなどの行事の炊き出し、行事の参加、など毎月のように何かしら用が土日に入ると家の予定と重なったりしてしまうこともある。

そういう時には、つい大変だなと思ってしまう。

 

だからといって、だんだん無くしていくとしたら、どうなるのだろう。一軒一軒のつながりはますます薄くなってしまうのだろう。そういうものがなくなった暮らしというのが、とても寂しい気がしてきた。

 

 

 

 

 

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