井上有一展

 

菊池寛実記念智美術館で「遠くて近い井上有一展」を観た。地図で場所を確認しただけで何の展示かをよく知らないまま入って、作品の前に立ったものだから、かなり戸惑った。書なのかと思ったら、考えていたのと全然ちがう、今まで見たことのないようなものだった。ビデオの上映を見て、帰りに入り口で売っていた「東京大空襲」の本を買って読んだ。

この本にある夢幻録〈草稿〉敗戦記の原本は習字用の半紙38枚を2つに折って綴じた簡素なノートで東京大空襲50周年に出現し公開された。作品が書かれたのは戦後33年目だという。彼の東京大空襲での体験が書かれている。終戦の一年程前からの横川小学校の教師として集団疎開した生活の様子、そして空襲の激しくなった東京へ卒業準備のために帰ってきた小学校で3月11日の大空襲に遭う。周りも焼けて、学校へ避難してきた千人以上がほとんど全員焼け死んだ。その時彼も一度息絶えた。息絶えた人の横たわる校庭で奇跡的に息を吹き返したのだが、その時、優秀な教師だった彼は一度死んだのかもしれない。定年まで教師は続けたが「墨人」として、書き続けた。あれほどの悲惨な体験を経て生き残ったのに、その体験を反省することなく旧態に戻ろうとしている人々がいる古い体制のままの書壇から脱落したという彼。自分の作品を書かずにはいられないという思いが聴こえるような気がした。昭和20年3月に卒業証書をもらうはずだった疎開児童達がそれをもらったのは昭和57年だったそうだ。

 

「東京大空襲」

「東京大空襲」

 

 

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