半年前から日が延びたけれど

半年位前に読んでいる本で『昭和史』のことを書いているが、休み休み読んでいるのでまだ半分位しか進んでいない。前回書いた時は昭和8年のところだったが、今日のところでやっと昭和14年になった。本の方の時代が進むのとリンクするかのように現実も変わってきていることに怖くなってくる。

今朝の朝刊で

東京新聞:「戦地に国民」へ道 解釈改憲検討 首相が表明:政治(TOKYO Web)

集団的自衛権行使へ転換 首相、憲法解釈変更に意欲 基本的方向性を発表:朝日新聞デジタル

というのを読んだ後だったので。

 

昭和14年8月22日にドイツ国営放送が全世界に独ソ不可侵条約締結を放送したとき、

とくに一市民としては、疾風怒濤の時代にあっては、現実に適応して一所懸命に生きていくだけで、国家が戦争へ戦争へと坂道を転げ落ちているなんて、ほとんどの人は思ってもみなかった。

 これは何もあの時代に限らないのかもしれません。今だってそうなんじゃないか。なるほど、新聞やテレビや雑誌など、豊富すぎる情報で、われわれは日本の現在をきちんと把握している、とそう思っている。でも、それはそう思い込んでいるだけで、実は何もわかっていない、何も見えていないのではないですか。時代の裏側には、何かもっと恐ろしげな大きなものが動いている、が、今は「見れども見えず」で、あと数十年もしたら、それがはっきりする。歴史とはそういう不気味さを秘めていると、私には考えられてならないんです。 ですから、歴史を学んで歴史を見る眼を磨け、というわけなんですな。(p.264)

この昭和史の半藤さんの講座が2003年のもので、それから10年過ぎて今日私が読んでいる。憲法解釈の変更で何がどういつ誰が変えるのかも、ほとんど分からないままでなんだかどんどん変わっていってる。 

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