9月の風に吹かれて心は揺れる

婦人之友」の9月号を買った。平和特集の戦争をどう伝えるかというページを見つけたからだ。読者の投書3編が掲載されていて、その中の一編に「加害者の立場で戦後を生きた人」というものがある。「戦争を語り継ぐ集い」で戦争体験を語っていた難波さんの話が載っていた。戦争中には手柄であることが、戦後にいかに残虐な犯罪であったことか、その責任の重さを背負い生きなければならなかった人達がいる。

今、ニュースでYouTubeで公開されているイスラム国で行われている残虐な殺人を遠い国のことと感じているが、戦争中には同じ様なことが行われていたことを自覚せずにはいられない。

 

昨日久しぶりに線路際の玄米の定食の食べられるお店まで行ってみた。木曜日は定休日になったのでしばらく行っていなかったがお休みかと知っていながら行ってみたのは何故だろう。通りかかったというべきか。公園の隣のビルで入り口に看板があったけど、なかったのでやはり定休日かと思ったがお店の入り口まで行ってみた。(なんか予感がしたのか?)お店の前にはゴミ袋が積み上がっていて、ドアに貼り紙がしてあり、近くの美容院がこちらに店舗を出すというお知らせだった。

それでお店が無くなってしまったことが分かった。行く時にはいつでもお客さんがいたのにやはり続くというのは難しいのか、隣の駅やこの街で同じ様なタイプのお店ができては無くなっていった。

 

TSUTAYAにいってDVDを借りてきた。『次郎は鮨の夢を見る』だ。うーんお寿司の美味しそうなこと。このお寿司を食べたらきっと感動して泣くだろうなと想像してたら味わった様な気がして涙がでた。(それとも、きっと一生食べられないという残念な涙なのかは自分でもわからない)目の前のお寿司のなかにある職人さん達や魚河岸の人達の全ての気が入っていることをきっと感じるのではないかしら。

昔の市場でのマグロの写真がでてきて、その大きさに驚いた。今ではそんなに大きいものは出ないようだ。それはやはりとり過ぎ、日本人の食べ過ぎが原因なのだ。

無計画に獲って食べる、無計画に開発して住宅を作る、これ以上続けてはいかれないことばかり。

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