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食べるもの、食べること

ずいぶん前だが、テレビで見た洋画で、タイトルも憶えていないのだが、見始めた部分だけが記憶に残っている。近未来の世界らしく、人が死ぬと国?が遺体を引き取っていくのだが、主人公の父親が死んで遺体が引き取られたが、主人公はどうしてだか忘れたがその遺体を隠れて追いかける。すると工場に運ばれていき、普段食べているハンバーガーのパテになって出てきたという・・それで真実に気が付いた主人公が何かしたのだろうがその先は不明・・

上海の食肉工場で期限が過ぎても「死にはしませんよ」と、床に落ちたものを戻してしまっても、肉は肉と言えばその通り。今回中国がそういう映像を公開しているのもそこら辺も考えているかもしれない。

それでもその肉が日本に入ってきて、マックや近所の多摩地区のファミリーマートで売られていたらしいというのは、食べちゃったかもという身にはショックではあるに違いない。

今回の事件がなくても、普段から安すぎるものに対してどうしてそんな値段で食べられるのか?ちょっと知ったらやはり食べるのが怖くなるのが本当の現実なのだ。

工場に来る前の鶏、牛を知っているだろうか。ほとんどの人は知らないままで食べている。知らないというよりは隠されているのが正しいのかもしれない。

衛生的な工場で安全に管理されているから安心ですということは決してないのだ。その工場に入る前までは生きていた者たちがどうやって生育されて何を食べてどういう状態でいたのかを知らないままで食べている。知った後で、でも「死ぬ程じゃないでしょ」とすでに言われているのかもしれない。

ちょうど『フードインク』というDVDを観た所だった。

食べるものも工場で生産効率だけが重視されて生産されていることにどうしたらストップと言えるのだろうか。そんなものは食べたくないと言ったら、アメリカでは風評被害法で訴えられるのだ。

一人一人が何かおかしいと気が付いて、食べるものを選ぶ時に値段以上に大事な基準を持てたら何かこの世界は変わるのだろうか。そんなことを言ったって、お金がないから食べられないんだと怒るのだろうか。

 

甥っ子がアメリカの公立小学校に通っているのだが、入学するときにホームページのようなところで給食のメニューが紹介されていたが数年前だが月曜から金曜まで、ハンバーガー、フライドチキン、ピザ、ハンバーガー、ピザ、(的な)給食だった。夏休みで帰って来たので、最近はどうなの?と聞いたら、身体のことを考える様な意見が多くなってきたので、最近は野菜を食べる様になったと言っていたが、気が付いた時にはそういうファストフードのメニューが安くて当たり前の食べ物で誰も最初のうちは文句もなかったから、そうなってしまったのだろうか。

しかし、日本でも『変な給食』という本を読んでみるとあまり変わらなくなってきている様に見える。

 

この間新聞の投書で年配の女性がうどんと天丼のセットを外で食べたら食べきれず、小盛りにして欲しい、出来ればその分値段も安くして欲しい、というのを読んで感じたのは、メニューを選ぶ時に例え両方美味しそうで食べたかったとしても、自分の胃袋を考えてうどんだけにするとか、出来なかったのだろうかと。そう美味しい誘惑は溢れているし、食べたいものを食べて当たり前だろう。それでもその方が年配だからこそ、小盛りを作れと要求する前に、自分で控えるという選択肢も示して欲しかったと思ったのだ。両方食べたかったけれど、小食なのですうどんにしました、というのはだめなのだろうか。

 

何故スーパーでは一年中同じ様な野菜が並んでいるかというと、農水省が国民の生活に影響する14品目を指定野菜にして生産と出荷の安定を計っているためだ。

キャベツ、じゃがいも、大根、たまねぎ、白菜、トマト、キュウリ、人参、レタス、ネギ、里芋、ピーマン、ほうれん草、ナスなどはそいういう訳で季節に関係なく大抵のスーパーに置いてあるのだ。夏の野菜が冬にもないとサンドイッチが出来なくて困るという訳だろうか。食べられるのが当たり前と思っていること、無ければ困ると文句を言うこと、その為に燃料費や輸送費を使って消費者に毎日届けられている。

 

そんなことを考えながら買い物に行き、スーパーでラベルとにらめっこしながら結局、今日の夕食は鶏のハーブソテー、芋の焼いたの添え。

 

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