多摩川護岸工事中

何日か前に夢を見た。何処かの小学校が新しく建て替えたらしくてモダンな校舎となり、屋上に飛び込み台のように飛び出た部分に丸い地球儀を半分にしたような、昔公園によくあった回る遊具の半分にしたようなものがあり、その中に木の枝のようなものが詰っていて、子供が中に入って遊んでいる。(とそんな高い所で落ちたら大変なことになってしまうのだが、夢の中)ああ、あれが有名な「鳥の巣」かと納得しながらあるいていくと、校舎の後ろに植え込みがあり、鳥がいるのが見えた。雀の様な茶色い鳥だが名前は分からない。他にももう一回り大きい鳥もいた。そこへ小学生が来て、手をその草むらに入れると鳥が手に乗ったので、私にも乗せて、と頼むとその子が私の指へ移してくれた。

 

今日の東京は25度を越えて、日差しも強かった。自転車で多摩川の河川敷横を走ってきた。

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右手が多摩川。日野橋の下をくぐって立川から国立へと向かう。

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堤防から国立市と日野市を結ぶ石田大橋を渡りながら、来た道を振り返る。向こうに見えるのは中央道。

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石田大橋の日野市側。河原の木だろうか?

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日野市側の堤防を立川方面へと戻る。左が中央道。

 

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夕方のニュースで狛江市で多摩川堤防決壊から40年の総合水防訓練の映像が流れていた。

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知り合いの人が多摩川の護岸工事について、昔の景観に戻しているという説明を聞いたそうだ。河原の木や草のほどんどが外来種のもので、昔は無かったもので、河原の風景はこのようだったという。また川の削れた部分を埋めて堤防を高くする工事を行っているらしい。

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日野市側から、国立市を見ている。河原は空が広くて気持ちいい。もちろん鳥もたくさんいるのだけれど、私にわかるのはムクドリとツバメくらい。囀りも聞こえるのだけれど姿もわからない。向こう側でウグイスの声だけは聞き分けられるのだけれど、あとは聞き分けることすらできない。

鳥の生態の為に残されている部分もあるというが、人間が考えている範疇と自然の生態とはずれているか、人間の生活を守るという部分(治水)と環境を守ることとはどうしてもずれているのではないか。

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日野橋まで帰ってきた所。右端は立川市球場。日野橋は最初のものは大正15年に出来たそう。それ以前はこの先の立日橋の下流の「日野の渡し」が川を行き来する手段だった。2007年までは国道20号だったが、先ほどの石田大橋ができて国道はそちらに変更されて、今は都道256号になったらしい。甲州街道という名前はそのまま残っている。

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そのまま進んで、立日橋と、その上を走るモノレールの橋。立日橋の耐震工事もしている。

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ここも堤防を大きくする工事をしている。立日橋とJR中央線の鉄橋(左側)の間。

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立日橋を渡って日野市から立川市へ戻る途中、橋の上から青梅方面を見る。気温が高くて写真ではほとんど写っていないが左端に富士山があり、私の好きな場所でもある。ここからの写真は前にも投稿しているかもしれない。

 

昔の風景に戻るってどの時代なのかと何日も考えてる。人間が変えなくても自然の力で破壊されていくこともある。それを守る為にまた人間が変えていく。

橋がなければ立川市、日野市と自転車で行ったり来たりも出来ない。

行ったり来たりしながら、うろたえている。どんな風にこの景色が変わっていくのかと。

 

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