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青梅夜具地

くらし

主人の両親は青梅の生まれ。結婚して牛車で立川まで来たんだよ、と話してくれた事がある。戦後のこと。洋品屋を営んでいた。

私が嫁いできた年の暮れに洋品店を閉店した。最初私たちは少し離れて住んでいたが、こちらを二世帯に直したので翌年に引っ越してきた。

その時の荷物の大半は段ボール箱や大風呂敷に包まれたまま押し入れや天袋にぎっしりと入っていたが手の届かない高さのものはほとんど開ける事がなかった。

最近ゴミ有料化に伴ってこちらから開けてみましょうかといらないものを整理したりしていたが、義母が突然「奥の部屋の戸棚に夜具地(やぐじ)が入っているの」と言う。

「やぐじって何ですか?」と聞きながらその扉を開けるとダンボール箱が入っていた。

中にしまってあったのは青梅織りの生地だった。

義父の兄弟が織物工場をやっていた頃の最後のものらしい。もう使う事もなかったからと気にかかりながらもしまいっぱなしだったという。

 

青梅も八王子とならんで織物の盛んな街だったが、今は青梅織りはもうほとんど残っていないようだ。夜具地というのは布団の生地などに使うものらしく、見ると今義母の使っていた敷き布団もそれと似た生地で出来ていた。

 

近所の布団屋さんへ生地を持って行ったら布団を作ってくれるというので、古い方の布団の綿を使って、新しいお布団を作ってもらった。

まだ残っている生地がかなりある。

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大正生まれの叔母に電話で話したら、「昔は私も自分で布団を縫ったけど、今は綿を入れるのに膝が痛くてね。でも炬燵布団くらいなら作るわ」というので一つ送った。

 

今は貴重な青梅織り。

 

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