寺田寅彦の随筆集から

寺田寅彦の随筆集、「懐手して宇宙見物」(池内了編)を読んでいたら、夢というものがあった。以下抜粋。

     一
 石の階段を上って行くと広い露台のようなところへ出た。白い大理石の欄干の四隅には大きな花鉢(ヴェース)が乗っかって、それに菓物(くだもの)やら花がいっぱい盛り上げてあった。
 前面には湖水が遠く末広がりに開いて、かすかに夜霧の奥につづいていた。両岸の岸には真黒な森が高く低く連なって、その上に橋をかけたように紫紺色の夜空がかかっていた。夥しい星が白熱した花火のように輝いていた。
 やがて森の上から月が上ってきた。それがちょうど石鹸球(シャボンだま)のような虹の色をして、そして驚くような速さで上って行くのであった。
 すぐ眼の下の汀に葉蘭のような形をした草が一面に生えているが、その葉の色が血のように紅くて、蒼白い月光を受けながら、あたかも自分で発光するもののように透明に紅く光っているのであった。
 欄干の隅の花鉢に近づいて、その中から一輪の薔薇を取り上げてみると、それはみんな硝子(ガラス)で出来ている造花であった。
 湖水の水と思ったのはみんな水銀であった。
 私は非常にさびしいような心持になってきた。そして再び汀の血紅色の草に眼を移すと、その葉が風もないのに動いている。次第に強く揺れ動いては延び上がると思う間に、いつかそれが本当の火焔に変わっていた。
 空が急に真赤になったと思うと、私は大きな溶鉱炉の真唯中に突立っていた。(以上)

 すごい世界だなと思う。クリスチャン・ラッセンの絵のような美しくて、そしてとても怖い。こんな色彩、透明感、景色に圧倒される。
 

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