高齢化社会

ぼけ(老化)と認知症の違いはなんだろう。体験したことをわすれてしまうかどうか、日常生活に支障があるかどうか、などで、違うとはされているが、結局のところ、医者がそう診断したかどうかであると思う。

つまり、医者にかかって診断されていない人は認知症ではない。

少しづつではあるが、忘れることが増えてきた、出来ないということが増えてくる、でもとりあえず昨日と同程度に日常は過ぎていく。その境目はとくにはっきりしていない。

年寄り同士で会話をしていると、一人はいつまでも同じことを繰り返し聞いて、もう一人は別の感想を同じく何度も繰り返している。でも互いに相づちはうっていて、会話をしているようである。1時間くらいその状態でもあくまでも自然なのだ。(もちろんこの二人は認知症ではない)

もし、間に入った人が、この二人はぼけているからと適当に話を無視したり、しかったり、馬鹿にしたりすると、そういうことにはきちんと気づく。

だんだん出来なくなる事を自覚もしている。そして、本当に出来なくなってく。それが自分の意志と関係あるのかどうかわからない。その時にどうするのか。体がついていかなくなっても周りを巻き込んでやり続けるか、やりたい事をあきらめるか。周りはやらせてあげるのか、止めるのか。40から50になれば人間は老化に向かっているのだと言う。でも100歳でも行動も話もほとんど変わらずにいる人もいる。

 

認知症と診断されると介護度は上がるかもしれない。

介護が必要でも認定を受けない人、認定を受けても、介護を拒否する人。介護を受けても虐待される人。

 

今の社会の仕組みで自分が死にたいように最後を迎えるということもとても難しい気がする。そう、とても難しい。

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