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「持続可能性」はどこから

食と農

本屋さんに立ち寄った時に店頭にDaiGoさんの本が平積みになっていて、見本が出ていました。最近テレビで見かけるのですが、マジックではなく、心理学的、科学的に超常現象を再現するということで話題のようです。

 

この本を読んで学習すると誰でも人の心が操れるようになるのかと思うと、興味がわきます。

 

時間がないのでそのまま通り過ぎましたが、ふと、もしかしたら、すでに私たちは催眠術にかかっていて、自分の意思だと思っていることが、誰かがすでにそう選ぶように用意した答えだということもあるかもしれないという気がしてきました。

 

自分ではその答えが本当に自分の意志なのか、相手の思惑どうりに選んでしまった答えなのか分かるのはあらかじめその答えを用意した人だけだとしたら。

だから選んだ答えにさらに疑問を持つことは必要なのかもしれない。本当にこの答えが自分の意志なのかと。

 

先日「食と農の未来 ユーラシア一万年の旅」(佐藤洋一郎著)という本を読みました。その中で「持続可能性」という概念についての指摘がありました。それは、その発想をもたらした人々の生きてきた世界がどのようであったかというものです。それは、第2次世界大戦後70年間にわたって高度成長が続いたところで、地球が有限であるということに気づいたなかで生まれてきたものだという事です。70年前というと、曾祖母の世代になるが、経験や知恵が直接伝えられるのは孫の代までで、その次の世代には、十分な意思の疎通や価値観を伝える事は出来ない、ということです。

 今必要なのことは、いかに持続するかを考えるのではなく、いかに混乱や崩壊から立ち直るかを考える必要があるのだとありました。

 

もし、70年前の状態のままの持続可能ならもうちょっと可能性があったのかもしれません。確かに持続可能なというキーワードはよく耳にしますが、今のままの状態ぷらす、今までの成長曲線も相変わらず上向きである事を前提にした持続であるようにも思えます。

私が生まれた時からすでにつねに成長し続けてきた経済はつい最近までまだまだ成長すると誰かも言っていましたが、日本国民全体がまるで催眠術にかかっていたのかもしれないと思いました。

 

それにしても最近は時間の流れが加速しているように感じるのは私だけでしょうか。パンダの赤ちゃんは妊娠が発表になったら、もう生まれたというニュースの後、残念な結果になってしまいました。あまり騒ぐのもどうかと思います。パンダにとっては静かに放っておいて欲しいところでしょう。

 

 

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